3月にポルトガル旅行に行ってきたばかりであるが、今度は初めて南半球のオーストラリアへ行ってきた。いざオーストラリアといっても亜大陸とか世界で一番大きな島とかといわれるが、実際に行ってみると、それはとても大きな国でした。なるほどこのくらいの大きさがあれば「日本沈没」という小説の中で最後はこの国へ移民するというのもうなずける。しかし、国土のほとんどは荒涼とした荒れ地か砂漠であるが・・・・・。

 初めてのオーストラリア旅行はほとんどの人たちが東海岸へ行くらしいが、我々ご一行様はそれに逆行して西海岸のパースへ向かった。パースは表題どおりの美しい街で、日本人のリタイア組が結構住んでいるらしい。言葉に不自由しなければ是非住んでみたい街である。

 パースに着いて気がついたのだが、今回の旅行会社は現地の旅行会社に丸投げしていたらしくその旅行会社のガイドさん(もちろん日本人です)の対応が非常によかった。その会社のサイトを見ると留学からツアーまで幅広く手がけているようだ。

5月24日

 今回の旅行は成田の出発が遅いので家を8時過ぎに出る。前泊、後泊がないだけ費用が安くついた。いつものように千歳から成田にJL便で向かい、到着後、早速免税店でタバコを購入する。何しろ千円も安いのだから制限の2箱 (2人分)買い求める。おまけに2箱買うと液晶の時計を付けてくれた。

 ターミナルでブラブラして時間をつぶす。20:55発QF70便でパースへ向かう。ンタス航空は初めて乗ったが、乗客乗務員が女性よりも男性の方が多いのには驚いた。その中の一人が帰りの便にも乗務しており「元気!元気!」を連発していた。日本語はそれしか知らないような感じである。顔つきが西郷隆盛によく似ていて「俺は西郷だ」得意げに言っていたのが印象的であった。彼から機内販売のチョロQ(左写真)を買ったが金を支払ってもなかなか品物を持ってこない。ついに日本人の乗務員に頼んで持ってきてもらった。何とも大雑把な人種だと感心した。
  機内で購入したチョロQ      成田のゲート

5月25日

 飛行時間は約9時間余でまだ夜が明けきらない翌朝6時にとても小さなパース国際空港に到着。入国手続きも終わり、早速バスに乗り込み、パース市内観光へ出発。
 今回のように入国したら直ちに観光に出発するというのは初めてである。今まではホテルに遅く着いて一晩寝てから観光に出かけるというパターンである。

 時差も1時間遅れで日本と変わらないので飛行機から降りてすぐに観光となっても、とくに疲れたという感じなかった。

 最初に訪れたのはキングス・パークというところで第一次大戦の記念碑が建っている。公園はよく手入れされており、芝がとてもきれいであった。

 そのごブラック・スワンを見物するためモンガー湖へ向かう。餌をもらえると思ってすぐに寄ってくる。

 この後、フリーマントルへ向かう。この港はパースの入り口に位置しており、古くから開けた街である。この港はアメリカズカップに参加した優勝艇が海事博物館の中に飾られていると云うことなので自由時間にもう一度フリーマントルを訪れようと計画した。

 フレーマントルの観光が早く終わったので市内見物に出かけた。市内を循環する無料バスが3系統走っており、早速それに乗って一巡すると市内の状況がよくわかった。
ホテルの近所のモール街
パース市内
この教会を見学しました
市内を循環する無料バス
我々は赤バスに乗りました
このボタンを押すと止まります

5月26日

 今日はボートでロットネスト島へ向かう。この島はフリーマントルから外洋に出て40分くらいの所に位置して全島が
立公園になっている。従って一般の人たちが別荘を持ったり住んだりすることはできないとのこと。

 朝8時過ぎにはホテルを出る。途中ワンランク上のホテルを希望した人たちを乗せて船着き場に行く。ロットネス島へ行くボートは双胴船で相当なスピードがでそうな船である。

 しかし、スワン川をパースからフリーマントルまで下る時間は1時間あまり掛かる。理由はヨット、ボートが川岸にズラっと係留されているため、スピードが出せないらしい。
このボートはフリーマントル行き
切符売り場
「クロコダイル・ダンディ」気取りで
船員とねっぱっています

 乗客は定員の約半分くらい。しかし、昨日観光したフリーマントルに着くとドッと乗客が乗り込んできた。恐らく電車または自動車でパースまで来て、船に乗り換えるかているかも知れない。その方が運賃も安く、また時間も掛からない。ここでは乗客の他にレンタル自転車(マウンテンバイク)を20台近く積み込んでいだ。島はそれほど大きくないので自転車で走り回るのだろうと思われた。確かに島に到着すると自転車が島中を走り回っていた。おまけにヘルメットの着用が義務づけられているので背中におんぶされている乳幼児までヘルメットとをかぶっていたのには驚きだった。

 ロットネストという名はクオッカというこの島にしか生息していないネズミに似た動物をこの島を最初に見つけた探検家が間違えたことからラットネスト(ねずみの巣)の島と名付け、それがなまってロットネスト島と呼ばれることになったそうです。

 帰りは行き同じコースでパースへ向かう。フリーマントルでは大半が下船してボートはガラガラになる。夕闇迫る頃パースに到着。この時のパースのビル街は何ともいえない美しさであった。

5月27日

   
パース市内の出勤風景。マウンテンバイクが非常に多い。服装は冬物から半袖まで様々です。

 今日はオプショナルツアーの「ワイルドパークとワイナリーツアー」に出かける。最初に向かったのはワイルドパークでオートリラリアの動物、鳥類を集めた動物園で結構大きな敷地にゆったりと飼っていてるようだ。

 途中の景色はいかにも広大な国オーストラリアという感じで、孤独の街パースをいったん離れるとここに人が住んでいるのが不思議なくらい広い。
 動物園に行く途中、我々の前を走る二階建てのバスを発見。英国の息の掛かっている所にはこのような二階建てバスが走っているらしい。

 突然バスの運転手が指を指しながら笑い出した。ガイドが聞いてみるとバスの後ろに書いてある注意書きを読んで見ろと言う。

 注意「動物たちのご一行様が乗っている」なにこれ?

ガイドの説明によるとこのバスは宴会用のバストということで、走りながらドンチャン騒ぎをするらしい。洋の東西を問わず酔っぱらうと大トラ、小トラになるなるらしい。

 動物園の次はさらに北上してスワンバレーにある葡萄酒の製造所に向かう。バレーと云うから谷間にあるのかと思ったら平原にワイナリーがありました。ここ西オーストラリアでは平原が多いので200〜300メートルの丘が続くと何とか山脈、少し低くなると何とか谷という名前を付けるらしい。山と谷の急峻さは日本の勝ちと云うところか。

 14時近くにパースに戻り、後は自由時間となる。我々はホテルに戻らずにパース駅前で降ろしてもらい、電車でフリーマントルへ向かう。目的は海事博物館の見学である。

 パース駅は外観は煉瓦造りの古くさいものであったが、中に入ると近代的な構造の駅であった。この駅は近郊用専用の駅で大陸横断の駅はパース郊外にある。現在両方の駅を結ぶ線路を建設しているようだった。しかし、大陸横断のゲージは標準軌で近郊線はナロー軌(日本と同じ)なので、恐らく三線構造になると思われる。すでにフリーマントルではこの三線式の線路があったが、狭軌の方は真っ赤に錆びていたので現在は使用されていないようだった。

 乗車券は全て自動販売機で2ドルと5ドルの地帯制である。面白いのは2時間乗り放題ということで、この時間を過ぎるとたとえ乗車中であっても罰金60ドル取られるとのことであった。改札がないのでタダ乗りしようと思えば簡単に出来るが、車内検札がひっきりなしに行っており、我々も後10分で切れる切符とフリーマントルで買った切符の両方を持っていたので罰金を取られずに済んだ。日本であれば乗り越しと云うことで勘弁してくれるが、当地では一発罰金という。危ないところであった。

 おまけに切符を買う時に一台の販売機の調子が悪くコインがなかなか入らない。よく見ると故障で蓋が閉まっているようだった。現地のばあさん連中がなんだかんだ言いながら、しまいに私に何とかしてくれと話しかけてくる。「英語はわかりません」という英語も話すことがでず、手振り身振りで別の販売機まで連れて行った。感謝されました。読み書きしか習わなかった英語がとんだところでボロが出た感じであった。海外旅行でしゃべられないと言うことは致命的である。夕方にはホテルに到着し、食事後、夜の街を散歩して本日の観光は終了。

5月27日〜28日

 今日はパース観光の最終日である。8時過ぎにホテルを出発し、パースの北250qにあるナンブング国立公園に向かう。この公園の一部に奇岩が林のように立っている、別名「荒野の墓標」と呼ばれている「ピナクルズ」観光である。途中海岸に寄ったり「ヤクチャップ動物公園」寄ったりして昼過ぎに現地に到着する。

 バスで移動中、気がついたのだがオーストラリアでは高速道の制限速度は100qで日本と同じ。しかし、郊外の一般国道はなんと130qが制限速度である。ナニッ!最初は反対ではないのかと思ったが標識を見るとオーストラリアを一周する1号線は130qが制限速度になっている。それも分離帯のない片側一車線のごく普通の道路である。恐ろしい。

 しかし、よく考えてみるとこのくらいのスピードを出さないと隣町に行けないのかも知れない。カンガルーを見つけても決してスピードを落としてはいけないそうだ。急ブレーキをかけると大事故になる恐れがあるのではね飛ばすらしい。たしかに途中カンガルーの死骸を見ることが出来た。それでほとんどの自動車にはカンガルー除けのレールが着けていている理由がわかった。それをまねて日本でも一時流行ったが、日本ではカンガルーの代わりに人間をはねとばして自動車を助けようとする、その神経がわからない。

 
とにかくオーストラリアはでかい。どこまで行っても同じ景色が続く。どこまで行っても山がないのにはびっくり

 ヒナクルズの手前40qのところで昼食。看板に「これより先に店は一軒もない」と書いてあった。とにかく牧場が延々と続くが隣の家に行くためには飛行機が必要な感じがする。ガイドによると緊急を要する患者が発生したらフライングドクターという医者が飛行機でやってくるとのこと。何から何までスケールの大きな国であるが、自家用車は意外と小さい車を使用している。とくにいま日本で問題になっているダイヤマークの自動車が多かった。火を噴かないかちょっと心配。

 ヒナクルズは海岸の近くにあり、風化した岩石がニョキニョキと立っていたが、あらかじめ見ていた写真とは大分イメージが違っていた。当初見渡す限りの砂漠の中にあると思っていたが、草木も近くにある平原の中にあった。世界遺産に登録しようと計画しているらしい。大きさは異なるが中国の桂林と同じ生成過程らしい。桂林は雨水による浸食でヒナクルズは植物と風による浸食ということで、その大きさには雲泥の差がある。

 ヒナクルズ観光を終了した後はひたすら来た道を引き返し、夕方パースに到着。日本食のレストランで夕食を終え、飛行機の出発時間まで繁華街を散策する。

帰国の途へ
 パース発22:45発のQF079便で定刻出発。乗って驚いたことに来る時の「元気、元気」を連発していた客室乗務員が乗っていた。まさか行きと帰り同じCAに会えるとは思っても見なかった。今度は東京の地名を得意げに話していた。

 成田には翌朝9:35に到着した。成田では初めて沖合に駐機した為、バスに乗ることが出来た。千歳行きは夕方1便のみなので乗り継ぎのため羽田に向かい13:30発JL1025便に乗り込み、15:00に無事千歳に到着。後はひたすら高速道を走り19時前に我が家に到着。

 今回の旅行は初めての南半球の旅行で生まれて初めて「南十字星」を見ることが出来たのも収穫の一つである。ETASという観光ビザが1年間有効ということで、その期間内に今度は東海岸へ行ったりしたら馬鹿かと思われるかな。

 −おわり−

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