カリブ海とパナマ運河クルーズ


     
      
            

今回の旅行は初めて船旅を経験してきた。今まで船旅は金持ちの旅行と考えていたが、海外旅行2回分と考えれば それほど高いとは思えない。これからの旅行は船旅にハマリそうである。また、旅行記もいつものように日記風にまとめ てみた。
10月21日
 今回の全旅行期間は10月21日から11月9日までの20日間という長い期間であったが、船旅は正味2週間の旅行である。集合は22日であったが、万一を考えて一日早く出発することにした。
成田行きは千歳からのみなので、今回は旭川から羽田へ飛んで、成田までバスで移動することにした。この方が駐車料金が無料で、おまけに自宅から空港までの移動時間も少なくて好都合である。
旭川13:00発JL1104便で羽田に向かう。大枚3千円(高〜い!)を払ってリムジンバスで移動し、成田でいつものホテルに宿泊する。 ホテルの前にそびえる管制塔
10月22日
一夜明けて初めて第1ターミナルの集合場所へ昼食を兼ねて早目にホテルを出る。今回の参加者は55名プラス添 乗員3人の大所帯のグループである。
今回の旅行の航空会社は全てアメリカン航空で日航とのコードシェア便である。この便は我々の団体と米国のエル・ パソへ行く空自の団体で満席状態であったが、乗客の皆さんの集まりがよく、定刻前にテイク・オフした。
機材は777で燃料を一杯積んでいるためか、長い滑走の上、離陸し、一路ロスへ向かう。この機材を見て驚いたこと は日本語表示があちこちにあり、まるで日本の航空会社の機材のようであった。PAも英語と日本語(ローマ字の原稿を 読んでた?)の二本立て、目の前のディスプレイも日本語表示が可能であり、映画も吹き替えか字幕付きという、日本 人向けにいたれりつくしの機材であった。これもコードシェア便のためかは定かではない。

ホテルから見える成田空港
今日は長い日になりそうである。というのは東行きなので途中、日付変更線を越えるので2日分が暦上、1日分として カウントされる。しかし、外を見るとたちまち夜がきて朝が駆け足でやってくるという感じである。
したがって、成田発16:25がロスに到着すると同じ日の10:00というおかしな時間になっている。それでも時差ボケ には強い方なので観光しながら寝てしまうということはなかった。

初めて第1ターミナルを利用しました 洋上を快適に飛行する777

管制塔の形が面白いロス空港 初めて米国の地を踏みました
ロス到着後さっそく市内観光をして、本日の宿泊場所のアナハイムへ向かう。アナハイムはディズニーランドがある ところで、その近くにあるホテルに泊まる。このホテルでは喫煙できる部屋が別にあるため皆さんとは別の階に案内さ れた。喫煙者にとっては次第に肩身の狭い時代になりつつあるようだ。

ウエアハウス(倉庫)で昼食 ヨットハーバー
 サンタモニカ海岸
 有名ブランド店が軒を並べています

ロスではサンタモニカ、ビバリーヒルズ、センチュリー・シティ、ハリウッド(アカデミー賞授与式が行われる
コダック・シアター、スターの手形・足形があるチャイニーズ劇場)等を見学
10月23日
アナハイムからサンディアゴまでバスで移動し、市内を一回りバスで観光する。さすが米国の有数の海軍基地だけに 港内のほとんどは海軍関係の施設で一杯である。退役軍人も多数住んでいるとのこと。
◆シーポート・ビレッジ

どんなもんだ!巨砲だぞ 消火栓の色は黄色。放水ハジメー!
 サンディアゴ市内に入るとロッキードの工場がありました
サンディアゴ国際空港は別名リンドバーグ空港とも呼ばれています。理由は「Spirit of St. Louis」を組み立てたライアン社がこの地にあったためという。 米国は自動車と飛行機が日常の足となっているようで、夕方になると飛行機が数分おきに着陸してくる。飛行場が街に隣接しているので船から見るとまるでビルの谷間を縫うように降りてくるのを見ることができる。

サンディアゴ国際空港。 コンペションセンター入口。4隻分の9千人?の乗客が集合。
手前に近郊電車が走っている。

このクルーズ船に乗船(画面をクリック) 出航前に煙突に上って旗を降ろしています

ビルの間から頻繁に着陸する航空機が見えます 全てのクルーズ船が出航して本船だけ残りました
どこかで見たような風景ですが、距離が違います 23時にバンド演奏と共に賑やかに出航
 我々が乗船した「レディアンス・オブ・ザ・シーズ」。この船はカジュアル船といって中級クラスという。
諸元 全長 293.2m 全幅 32.2m 喫水 8.5m 総トン数 90,090トン
航海速力 24ノット ガスタービン 2基 蒸気タービン 1基 ポッド式電気推進 3基
船客用甲板 12階 船客用エレベーター 9基
最大乗客数 2,500人 船員数 900人 船室 1,035室
この大きさはパナマ運河のロック(閘門)に入れる最大の船をパナマックス船という
2週間で消費される食料
卵・・・・・・・・・・・・・・・・・・169,000個 米・・・・・・・・・・・・・・・4.3トン
新鮮野菜・・・・・・・・・・・・11.32トン 新鮮果物・・・・・・・・・10.5トン
ジャガイモ・・・・・・・・・・・・4.54トン 牛乳・・・・・・・・・・・・・26.5キロリットル
牛肉・・・・・・・・・・・・・・・・ 4.85トン 鶏肉・・・・・・・・・・・・・28.4トン
ロブスター・・・・・・・・・・・・500s コーヒー・・・・・・・・・・504s
アイスクリーム・・・・・・・・5,942リットル 砂糖・・・・・・・・・・・・・3.3トン
酒類・・・・・・・・・・・・・・・・36,000本 缶ビール・・・・・・・・・35,000缶
ソーダ類・・・・・・・・・・・・・12,240缶
このデータを見るとただ驚くばかりです。保存するスペースも相当広いのではないかと思います。
今回の旅行コース
 今回は東行きで全行程8千qにもおよぶ大航海でした
 サンディエゴといえば以前、横須賀を母港にしていた空母「ミッドウエイ」が博物館として公開されているのを知っていたので、是非、当時の勇姿をもう一度見たいものだと思っていた。
恐らく海軍基地に係留されているのではないかと思ったら、なナんと!、我々が乗船する船の隣の桟橋に係留されているではないか。なんという幸運なのだろう。早速、カメラと双眼鏡でくまなく見物できた。入場料を払わずに高見の見物できたのはラッキーであった。しかし、時間があれば乗船して航空機を実際に触ってみたかったのだが・・・・。残念! (画面をクリック)
 出航時には賑やかにバンド演奏と共に本船は静かに桟橋を離れました
本船はクルーズ船が係留されていた4隻中、一番最後に出航。海軍基地の飛行場を横に見ながら外洋に出て、最初 の寄港地であるカボ・サン・ルカスを目指す。
10月24日
今日は終日航海日。本来であれば乗船後、直ちに行われる避難訓練が、昨日の出航が23時と遅い時間だった為、 今日の午前中に延期されていた。避難訓練の手順は非常信号を聞いたらあらかじめ指示された場所に救命具を持っ て集合し、点呼を受ける。点呼はきちんと整列させられ、船員が船室番号を叫んだら「here!」と手を挙げて叫んでチェ ックを受ける。
全てが英語なので聞き漏らさないように注意しなければならないが、我々は指定時間より早く集合していたので係が あらかじめ救命具の部屋番号をチェックしてくれたので呼ばれることなくホッとし訓練は無事終了。
今日は一日中、航海なのでこの船の探検にあちこちを見て歩く。しかし、図体がでかいので歩くのが大変である。船首 から船尾まで歩くと約300mも歩かなければならない。上下の移動はエレベーターがあるので楽であるが、水平の移動 はどうしても歩かなければならない。できれば空港のように動く歩道が欲しいところである。
夕方からはフォーマルの衣装に着替えて船長主催の「ウエルカム・カクテルパーティ」に参加する。船長は挨拶でい ろいろと話をするのだが英語がわからない私にとってはチンプンカンプンである。みんな大笑いしているのにむっつり日 本人集団がいるのは異様である。
◆ウエルカム・カクテルパーティ

着物は外国人に対してモテます 米国人は音楽始まるとすぐ踊ります

2m近近い偉丈夫なカナダ人船長 船長よりスタッフの紹介
10月25日
まる一日の航海を終え、今朝、バハ・カリフォルニア半島の先端にあるカボ・サン・ルカスへ到着。サンディエゴを出発して初めての寄港である。
この地はメキシカン・リゾートの典型的なところで、産業は何もなく観光のみで栄えている街である。人口16万人ほど で、街中おみやげ屋がずらりと並んでいる。
カボ・サン・ルカスの港は大型船が接岸できる桟橋はなく、上陸はテンダーボートという渡し船で港に上陸した。この ボートは我々の船には4隻搭載されており、非常時には救命ボートとして使用するのではないかと思う。このようなボー トが各船からミズスマシのように港内を駆けめぐっており、我々のボートはこの大きな波を受けザブン、ザブンと海水を かぶりながら進むので乗客は皆大喜びであった。突然、大波をかぶってエンジンがストップするという事態になり大笑い になった。皆さんとにかく、よく笑います。
テンダーボートに乗る時間がやたらかかってしまったため、オプションツアーはただ観光地を通過しているという感じで ある。サン・ノセの教会を見て近くのレストランで昼食を取り、来た道をひたすらそのまま帰るという強行軍であった。途 中、個人で世界中のサボテンを集めたところとか、ガラス工芸店を5分ずつ見た程度で、ツアー代金12000円とはボッ タクリもいいところである。

バルコニーから街を望む 1日半かけてここまで進みました
 デッキ1の船腹が開いてテンダーボートの乗り場になります。我々はデッキ2からタラップを降りて乗船します。 ボートの船内はとても暑い。しかし、操舵手は天蓋から風が入って、いくらか涼しそうです。
 我々の船室からテンダーボートがよく見えます。暑いので屋根の上からすぐ満員になります
17時出航なのに集合時間の4時半になっても、ずらりと1000人以上の人達が乗船場に並んでいる。とうてい予定の 時刻には出航できるはずもなく、本船は約40分遅れて出航した。下船するときに1時間待たされ、乗船する時にはこれ また1時間くらい並ばされた。立ったままなので、太目の人間にとってはつらい待ち時間であった。
10月26日
プエルト・バジャルタに定刻9時に到着。この地にも本船を含めてクルーズ船が4隻停泊していた。桟橋には1隻し か係留できないので他の3船は沖留めになる。今日もテンダーボートが大活躍。10分程度で桟橋に着く。
我々は船会社のオプションを25ドルで買い込んで、4時間の市内観光に乗り出す。市内といってもほとんどが土産物 屋でこの地もリゾート地といった感じである。海辺ではあちこちでパラセールがモーターボートに引っ張られて、空高く舞 い上がっていた。機会があれば是非これに挑戦したものです。
バスは南へ2,30キロ離れたリゾート地を高台から見物して引き返す。周りは山がすぐに迫っており、ほとんどの家は 傾斜地に建てられている。植生も昨日見たカリフォルニア半島の荒れた土地とは正反対に鬱蒼と茂った密林に囲まれ ている。たかだか100キロ程度、海を隔てた位でこのように環境が変化するとは驚きである。
15時過ぎには本船に戻り一休み。18時から、いつもの夕食である。ただし、フルコースなので1時間半以上かかるの には参る。早食いに慣れた人間には辛いものがある。
最終のテンダーが20:30には戻り、予定よりも10分早く出航。明日は予定を変更して一日中航海となる。寄港予定 地のイスタバが混雑のため寄港取りやめになったとのこと。とにかく本船が行く先々はクルーズ船で一杯である。次々 とメキシコ湾で発生するハリケーンの影響のためか、クルーズ船が急遽太平洋側に移動しているため、このような結果 になったらしい。このような状態が続くと、今後いつ予定変更なるのかわからない。

この大きな小屋は先住民の建物を模したのかな? 鵜のような鳥がお出迎え
(画面をクリック)
 クルーズ船が4隻停泊していた。左カーニバル社右オランダの船会社のクルーズ船

我々と同じ会社のクルーズ船 夜景の船もきれいに見えます
 毎日、このようなショー・映画を見ることができます。
10月27日
今日はイスタバ寄港が中止になったため終日航海日である。オプション・ツアーもないので、ゆったりとした一日を過 すことができた。
午前に船会社オリジナルのシャツ類をプール横でバーゲンセールを行っていたので、ポロシャツと水泳パンツを半額 でゲットした。このパンツをはいて早速、午後に予定されていた「腹打ち飛び込み大会」に参加した。大会は6人の参 加で私は5番目の出場。順位は観客が挙手で行う。結果は残念ながら3位まで入ることができなかったが、参加賞とし て本船専用の帽子をゲット。ラッキー!

腹打ち飛び込み大会でゲット 両手両足が不自由でも・・・ 真ん中にゴマフアザラシが浮いている

ソラリウム(室内プール) プールエリア
しかし、泳いだのは二十数年ぶりであり、最初はちょっと心配であったが、泳ぎは何年経っても不思議と泳げるもので ある。自信がついたのでこれからは日光浴と水泳を続けるつもりである。夜は9時からのマジックショーを観賞して今日 はこれにて終了。

このおばさん面白かった 最初は上から覗けなかったが、次第に慣れました

ホテル顔負けの吹き抜け部分 エレベーターはここだけで5基あります
毎日、部屋付きの係が朝夕2回ベッド・メーキングに来ますが、夕方の時には必ずタオルを使用していろいろな形のも のを作って置いていきます。夕食を終えて部屋に入るのが楽しみになりました。
タオル折りのいろいろ
 |  |  | | カエル | エイ | ウサギ |  |  |  | | カメ | コウモリ | ゾウ |  |  |  | | アリクイ | ネズミ | モンキー |
10月28日
今朝7時頃、目を覚ましたらすでに本船はウアトウルコの港に接岸していた。急ごしらえの桟橋が一本延びていて両 側に接岸できるようになっている。まもなくサミットも接岸。パナマックスの巨大船が2ハイも並ぶと壮観である。

ウアトウルコの日の出 街はそれほど大きくはない 仮設桟橋みたいです

ロスから来たサミットが接岸します。桟橋の幅が狭いためまるで本船に衝突するような感じでした
 10時過ぎに下船して街を散策。街はほとんどが土産物屋だけで、一回り見物して本船に帰る。昼食後はプールで日光浴して気楽に午後の一刻を過ごす。
街まではタクシーに乗ったのだが、行きは3ドル、帰りは5ドル。この差はいったい何だろうか。いくら値切っても5ドルより下げることはなかった。 行きも帰りも5ドル札しかなかったので、行きは気持ちよく釣り銭はチッ 下から見るとその巨大さがよくわかる プで渡したが、帰りはそのままチップ は渡さずに降りた。おまけにホテル (画面をクリック) の中庭で降ろされて、えらく遠回りさせられようやく本船にたどり着くというオマケまでついてしまった。
ウアトウルコという街も典型的なリゾート地で、それ以外に何もないところである。一時的に滞在するような街ではない ことがわかった。17時には一足早く本船が出航。しかし20時過ぎにはサミットに追い越される。本船の船足が19ノット 位なので追い越されるのは仕方がない。こちらは到着時間の調整をしている感じである。

サミットのヘリポート レディアンス・オブ・ザ・シーズのヘリポート
ビデオで離着陸の模様を見たが、着陸は大変なようだ。もし、これを使用した時の請求書は一体幾らぐらい?
 本船の出航風景。両方の船客がお互いに大声を出してお別れの大歓声。
 何回も大きな汽笛を鳴らして滑るように桟橋を離れました。
 間もなくメキシコ海軍の警備艇が本船の周りをグルグル回り始めました。これもテロ対策の一環?
10月29日
今日は終日航海日である。9時半頃からミニゴルフの大会が開催された。母ちゃんが3位入賞でメダルを取った。さ すが普段からパークゴルフに通っている成果がこの大会で発揮されたようである。
私は昼からプールでせっせと日光浴をする。早めに上がらないとヒリヒリして大変なことになるかもしれない。夜は2回 目のフォーマルでのディナーである。9時からショーを見て就寝。

朝から「1マイルを歩こう」「ストレッチ体操」等、各種の催し物が目白押しである。これに参加するとシップ・シエ プ・ダラー・チケットを貰え、さらにこのチケットを貯めるといろいろな品物と交換できるので、皆さんあちこちの催 しにせっせと参加してチケットをゲットしていた。

ミニゴルフに熱中しています 3位入賞メダル チケット3枚ゲット
スチーム用?煙突 ガスタービン用?煙突 衛星通信用アンテナかな
10月30日
今日は予定通り8時にはプエルト・カルデラに入港。桟橋が空いているのに沖留めである。後でわかったのだが、沖 止めになっていたコンテナ船が接岸するために空けてあったらしい。
8時にオプション・ツアーに出発する。本船の集合場所(オーロラ・シアター)でワッペンを胸に貼り付けてもらいテンダーボートに乗り込む。この港から標高1500メートルの峠を越えてコスタリカの首都であるサン・ホセの観光に向かう。コスタリカは「中米のスイス」に例えられ、風光明媚で、軍隊を保持しない永世中立国として知られている。政情不安定な中南米で軍隊を持たない国は珍しい。
岸壁の目の前に停泊 仮設のような船着き場 これからバスに乗ります
サン・ホセに向かう途中の道は全くひどいもので高速道路といっても道内の国道よりもひどい。首都までは途中1500 mの峠を越え2時間以上ジャングルの中をひたすら走るという有様で、もう少し道路にお金をかけてもいいのではない かと思った。説明では南北アメリカを結ぶパン・アメリカン・ハイウェイが、ここコスタリカで一部未完成区間があるとい う。

日曜で教会に出かけるらしい 峠の頂上は雲の中 急カーブの多い峠道

これでも国際空港? サン・ホセの街はそれほど大きな街でないようだ
それでもサン・ホセに近づくと街らしくなってきた。この国は最近観光にも力を入れているらしいが、それにしては施設 が貧弱である。教育に熱心、自然保護、軍隊を持たないという中南米では特異な国である。
見学場所は市内観光(国立劇場、博物館、公園)と生物自然博物館、スーパーでの買い物、日本食の昼飯などであ る。何しろ片道2時間かかるところなので本船に着いたのは18時過ぎになってしまったが、何とかディナーには間に合 った。お土産用のコーヒーをスーパーで購入13.16ドルで3袋購入した。高地で手摘みされたもので評判がいいらし い。

ホテルに隣接された日本食堂 日本庭園がありました 久し振りの日本食でした
本船は20時には予定通り出航。21:55の現在位置は09°30′92″N、 084°45′37″W 速力16.5ノッ ト サンディアゴから2581海里。
10月31日
今日はパナマ運河に向け、終日航海日。九時からバッコ(穴の空いたボードにお手玉のようなもの投げ入れる)とい う遊技に母ちゃんが参加するが残念ながら予選落ち。それでもチケット1枚ゲットした。

投球スタイルは満点 投球しているのはハロウィン姿の男性です

煙突の裏側に岩上り用の岩壁が設置されています 抵抗のない航跡です
コーヒー、紅茶、ジュース類が飲み放題なのが有り難い
今日はハロウィンなのでコロニー・クラブで「ハロウィン・モンスターズ・パーティ」が開かれた。ハロウィン用に用 意した衣装を着て仮装し、大いに盛り上がる。しかし、カジュアル、フォーマル、仮装用衣装とよくこれだけのものを持ち 込んだものと感心する。そういえば下船する時、彼らの荷物の大きさは我々の倍の大きさはあったように見えた。
10:30からパナマ運河についてのレクチュアーとビデオあり。他船のビデオを映していた。このビデオはマイアミから の逆コースのDVDでパシフィック・ビーナスの世界一周のものであった。
昼からは今回の旅行の最南端(06°55′92″N)を通過するのを記念?して3回目の水泳をする。日差しが強い ため、もし一日一杯、陽に当たっていたら恐らく火傷を負ってしまうような感じである。母ちゃんは水着に着替えて蒸し風 呂へ行った。ジャグジーは陽が当たるのでいやだという。
明日は6時頃から運河に入る予定なので、少し早起きをして入口から運河通過を見物する予定。
11月1日
今日はいよいよパナマ運河通過である。アメリカ橋を7時頃くぐり抜け、最初の閘門であるミラフローレスの閘門(ロ ック)で水位を2段上げる。ミラフローレス湖をしばらく行くとペデロミゲル閘門である。ここでさらに水位を1段上げ、パナ マ運河最大の難工事のケイラード(クレブラ)カットを進み、ガツン湖に入る。
海面とガツン湖の水面差は25mあります。この方式はガツン湖が人造湖のためこのよう方式になったということで す。よく太平洋と大西洋の海面の高さが違うからロック式を導入したというのはウソだというとがわかりました。
運河と平行して鉄道が敷かれており、コンテナを2段重ねにした貨物列車が走っています。パナマックス船より大きな コンテナ船の貨物を運んでいるのかなと思ったりしています。
ガツン湖から出る時はガツン閘門(3段式)で一気に25m下げられ、大西洋に出ます。本船はガツン閘門に入る前に一 時停船し、オプション・ツアーの人達をテンダーボートで陸地まで送り届ける。彼らはガツン閘門の展望台で本船を陸上 から見物することになっている。

パナマ運河到着 パナマ市遠景 航行しながらパイロット船が接舷
(画面をクリック)
無事、ガツン閘門も通過して運河の出口にあるクリストバル港に19時頃に入港し、直ちに下船して埠頭にあるショッ ピング・エリア内の土産屋に立ち寄る。パナマ運河通過記念にパナマのマグネットを購入する。
もし、パナマ運河を境に南北アメリカに分けられるならば、この港に降りたことで一応、南北アメリカをタッチしたことに なる。あと未踏の大陸はアフリカ大陸と南極大陸を残すのみとなった。
本船は22時には出航し、今回の最終寄港地のアルバ島のオランヘスタードへ向かう。
11月2日
今日は終日航海日で何もすることがない。太平洋からカリブ海に入ると少し海の色が変化したような気がする。唯一 変わった催し物といえばディナーでウエイターの連中が一堂に集まってイタリア民謡の合唱をしたことである。メニューも イタリア料理がメインの晩飯であった。

掃除機のヘンリー君 この部屋は二人用としては最低限の広さです
 レストランのウエイター・ウエイトレスが一堂に会してイタリア民謡の大合唱が始まりました

舞台へ向かって入場 この時のメインディッシュ
11月3日
今日は最後の寄港地であるアルバ島のオランヘスタッド港へ定刻9時に入港した。アルバ島はカリブ海の南の端、 ベネズエラからたった20qの沖合に浮かぶオランダ領(自治領)の島です。
中世のころはスペイン領、その後 オランダ領となり、現在に至っている。アルバという名前はスペイン語のGoldとい う意味の言葉から変化したもので 強い貿易風が年中吹いている。そのためか植物は背の高いものはなく、木は横に 成長する。
アルバ島の首都のオランヘスタット゜はスペインやオランダ風の建物が建ち並び経済、政治、観光の中心地。デパー ト、カジノ、ホテル、スーパーマーケットなどなんでもあるが、やはりこの島の経済は観光で持っているような島である。

(画面をクリック) カリブ海に入ると海の色がガラリと変化した。
コバルトブルーとはこのような色をいうのかも知れない。
我々は島内巡りのオプションを申し込んであったのでバスで島内を一巡する。他の人達はそれぞれに他のツアーに参 加して行きました。
最初はリゾート地に立ち並ぶホテルを眺めながら海岸へ出る。砂浜の海岸がとてもきれい。途中、アロエの加工工場 を見学。ついで8月に崩落した「Natural Bridge」を見学。最後はこの島のエアーズロック?に昇って観光はすべて終了し た。
13時過ぎに本船に戻って昼食を取り、改めて近くの土産物屋に出かける。添乗員からこの島の貨幣(アルバフローリ ン)に珍しい四角いコインがあるので記念にどうでしょうということであったが、残念ながら買い物はすべてドルのやりとり で四角いコインはゲットできなかった。
そのとき地図に郵便局が載っていたので手紙を持って行ったところ、すでに窓口が閉まっていた。なんと現地時間が1 時間進んでいたことをすっかり忘れていたため、この始末となった。とにかくこの島の暑さは大変なもので今日も軽く30 度は軽く超えていたようだ。
11月4日
今日は最終目的地のマイアミに向けて航海中。終日ゆったりとした一日を送る。午前中は買い物。午後からカリブ海 で最後の日光浴と水泳をする。四時半頃チケット交換にでかけ、ナップサック、Tシャツ、キーホルダーをゲット。今日の 夕食はフォーマル。ガラ・バッフェという料理の芸術品を見せた後、試食できるという。
本日のショー 17時現在本船はジャマイカとハイチの間を航行中
1002hPa 4160nm 70% 28°C
北緯 18°11′西経 74°38′
チケット交換でゲットした品物 何を買おうかなー マドロスパイプ持ちたかった
◆ガラ・バッフェ
料理人が腕によりをかけて作成したものです。展示時間が終了すると各自それぞれ食することができます。
11月5日
いよいよ明日の7時にはマイアミに入港予定。11時に下船の説明会があり、楽しかったクルージングも今日一日を残 すのみとなった。このような生活であれば後一ヶ月位は続けたいものである。
9:45からいつも部屋係がタオルでいろいろな動物・魚などを折ってくれた作成方法のデモンストレーションがセントラ ムで開催された。このタオル折りのコツは基本になる部分を作成してからいろいろな作品に変化させていくことがわかっ たので、家に帰ってから早速作ってみようかなと思ったりする。その後、ガラ・ハッフェで展示した料理の調理実演会が あった。13:00現在キューバ沖を北上中。19時には手荷物の集荷が行われた。

タオル折りのデモンストレーション 料理のデモンストレーション

キューバ沖を航行中、きれいな虹を見ました ディナー最後には料理人も混じっての大合唱

下船に備えて廊下には荷物が一杯 チップは封筒に入れて渡す 2週間お世話になったシーパス
このシーパスは乗船手続きの時、作成したもので、上下船時のIDカード、クレジットカード、部屋の鍵などがこのカード 1枚で事足りるようになっている。さらに寄港した国々のパスポートコントロールは無く、このカードを提示すれば通過で きる仕組みになっている。ただし乗船時にはX線の検査と顔写真のチェックを必ず行っていた。
11月6日
今日はクルージングの最終地であるマイアミに朝早く到着。目が覚めるとすでに本船は停泊地の埠頭に向かう水道を 航行中であった。本船は埠頭をやり過ごし、広い場所で180度転回して接岸。まもなく今回のクルージングで抜きつ抜 かれたサミットも接岸し、朝食を終わった頃には5,6隻のクルージング船が勢揃いする。
下船はグループ毎に行われるため、コロニークラブで2時間あまり待機される。2千名以上も下船するのだから仕方 がないが、もう少しスムーズに下船できないかと思ったりする。下船してわかったのだが、時間がかかるのは入国審査 に時間がとられるためとわかった。それでも夫婦であれば2人いっぺんにチェックを行うのだが、本人確認の質問・指 紋・写真撮りに結構時間がかかるようだ。
我々の部屋は朝食が済むとすでに次の航海のため部屋係がせっせと整理していた。部屋係に次の航海は何時なの かと聞くと、我々を午前中に下船させた後、午後には次の乗客を乗せ夕方にはカリブ海クルージングに出航するとい う。乗組員にとってはその間、夕食の用意、掃除や窓拭きをしたり、ペンキ塗りをしたり、休む暇がない、大変忙しい状 態であるようだ。
無事再入国手続きも終了してバスでマイアミ市内の観光に出発する。市内は至るところハリケーンで被害を受けた 残骸があちこちに残っていた。市内の電気もようやく最近復旧したということだが、公園にはまだ復旧工事の人達のプ レハブの仮設住宅が残っていた。
市内観光はマイアミビーチ、ココナッツグローブ、アールデコ地区などを見て回り、夕方にはマイアミ空港近くのホ テルに到着。オプションで夜の市内を見て回り、日本食の食事をとる。明日は朝4時に集合なので遅くとも3時半には起 床しなければならないので早めに床につく。

まもなく接岸します ターミナルの屋根はあちこち剥がれています
(画面をクリック)
 水路に入るとタグボートがすり寄って併走します

椰子の木もハリケーンにやられてご覧の有様 ホテルの看板も吹き飛んでいました
11月7、8日
いよいよ今日は帰国の途につくのだが、マイアミから成田への直行便がないためダラスで乗り継いで成田へ向かう。 このため、やたら早い出発となった。ホテルロビーに4時集合し、紙袋に入った朝食を持たされる。
マイアミ06:50発AA1511便に搭乗し、約3時間の飛行でダラス・フォートワース空港に到着。この空港は非常に 大きな空港で滑走路7本、ターミナルもA棟からE棟もあり、各ターミナルはスカイリンクという無人運転の電車(車輪は タイヤ)が走っています。
国内線のターミナルからターミナルDまでスカイリンクまで移動する。ここでCIQを通過するのかと思ったら、緑色のカ ードの半券をカウンターに提出して出国手続きはこれで終わり。誠に呆気ない。この国は「去る者は追わず」という考 えなのか。入国は厳重で指紋を採ったり、写真を撮られたりしたが、せめてパスポートに出国スタンプを記念に押しても らいたかった。
ターミナルで待つ暇もなく、10:10発のAA175便に搭乗するが、いざ乗ってみるとナナント!チケットに書いてあ る座席がない!。CAに座席がないというと、あわてる様子もなくニコニコして少し待てという。それではジャンプシートに 座っててよいかと聞いたらいいですよという。間もなくコーディネイターという人物が乗り込んできて空いている席を探し 始め、空いてる席があるとお前はここ、あなたはここと案内される。このようなことは日常茶飯事あるようだ。架空の座 席を売るなんてさすがアメリカである。この被害にあった乗客が6人もいたのには開いた口がふさがらない。
ダラス、成田間は飛行時間13時間余りかかるが、太陽を追い掛ける西行きなので一度も夜を迎えることはなかった が、日付変更線を越えた段階で1日進んで成田に定刻14:40に到着した。定刻到着であれば旭川行きの最終便に 間に合うのだが、延着を考えて前泊したホテルに宿泊。久し振りに夕食は日本食にありついてホッとして早めに寝床に つく。

マイアミ空港の管制塔 いろいろな航空会社が一杯です

ダラス・フォートワース空港へ向かう737 3時間あまりでダラスに到着
 5つもあるターミナル間はスカイ・リンクという電車が複線で走っている

AAはこの空港がホームということで多数の機が駐機 座席がなくてひどい目にあった777
していた
11月9日
昨日は成田に着いてから比較的ゆったりとした時間を過ごすことができ、ぐっすりと寝ることができた。おかげで時差 ボケにはならないで済んだようだ。
空港で遅い朝食を摂って、何十年振りかに電車で羽田へ移動した。料金はリムジンバスの半額である。久し振りに乗 ってみると沿線の風景は一変していて、京成の各駅も大分変わったようだ。とんだ浦島太郎である。時間に余裕があれ ば電車の方が安くて退屈しない。
羽田でいつもの書店(航空関係の本を置いてある)に立ち寄り、14:55発JL1109便に搭乗する。定刻に旭川空 港に到着したが、旭川はすでに薄っるらと雪化粧していた。夕食を途中のレストランで摂り、19時には無事、懐かしの 我が家に到着。

成田空港の日の出 改装中の第1ターミナル ANAオペレーション・センター

カンタスの朝一番機 第2ターミナルへ向かっている 京成で羽田へ向かう
我が家を10月21日に出発して20日間の長い旅も終わってしまうとそれほど長いかったとは感じられない。初めての 船旅であったが、このようなゆったりとした旅行は今回が初めてである。なにしろ我が家を背負って移動している感じ で、今までのように移動の度に荷物を解いたりまとめたりしないだけでも大助かりである。
とにかくお金と暇さえあれば船旅が最高であることが今回の旅行を通じて身をもって経験した。暇だけは一杯あるの で、これからも安いクルージングを見つけて参加したいものである。
《おわり》
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