4月5日(木) 20度 晴れ時々曇り
●オークランド入港、オークランド市内観光
定刻より早く朝6時にオークランド港に入港した。タウランガからオークランド間、141海里を10時間も掛けて到着し たということは平均速度14ノットあまりで、やたらゆったりとした航海をしたものだ。下船のため早い朝食を取り、6Fの パシフィックムーンで下船順番を待つ。
本船は夕方には新しい乗客を乗せ、逆のコースを取ってシドニーへ向かう。中にはオークランドで下船せずにそのまま シドニーへ帰るという乗客もいるという。よほど船旅が好きと見られるが、復路の料金は割引されるらしいが、その真偽 の程は不明。その後、本船は北米に回航されてアラスカクルーズに就くという。
オークランドは以前、ニュージーランドの首都だったという歴史を持つ。市内の人口は約90万人ほどで、この国の人 口のおよそ1/4ほどが住んでいる、ニュージーランド最大の人口を抱える、周辺を海に囲まれた「帆の街」として親しま れている。島の周辺をフェリーや無数のヨット、小型ボートなどが行き交い、海の景色に彩りを添える風景は実に美しく 印象的です。
 本船から市内の眺望

対岸からの連絡船がひっきりなしに発着しています スカイタワー
 朝食を取って部屋に帰ると、すでに次の乗客を待つように部屋が整えられていました
 下船の順番をパシフィックムーンで待ちました。9時過ぎに楽しかった思い出をお土産に下船。

下船して市内観光へ出るバスをいくら待ってもターミナルに来ない。しばらくの間、ターミナルの一角にあるヒルト ンホテルのロビーで待機し、コーヒーブレークとなった。結局1時時間以上待たされて市内観光へ出発する羽目 となる。
 ホテルで待っているとヨットレースが始まるのを見物。この間連絡船は待機状態でした。
●マウント・イーデン
最初に見学したのはオークランド市街が一望できる、標高196メートルのマウント・イーデンである。数あるオークラン ドの休火山の中でも一番の高さを誇る。市内全景と海が見渡せる頂上からのパノラマは素晴らしい美しさ。逆円錐形に なった火口跡は歩いて降りることも可能ですが、おりて行く人はいませんでした。周辺には牛が放牧されており、のどか な雰囲気も味わえる風景でした。
マウント・イーデンの火口跡。別名アリ地獄 住宅地域を望む
市街中心を望む プレートには東京まで8847qと書いてある
●オークランド戦争記念博物館
戦争博物館という名称から想像もできないような展示物がありました。博物館の中に入ってみると、1階にはポリネシ ア文化の展示物が並んでいます。マオリ人のカヌーやマラエ(集会所)生活道具などの展示があります。そのほか1階 にはカフェ、ミュージアムショップもあります。
2階は自然と歴史の展示です。ニュージーランドだけでなく世界の歴史物や生き物の展示が見られ、最上階は看板 通りの戦争記念博物館です。1866年のオークランドの街を再現した小さな通りは一つ一つのお店に入って中を見る ことができます。当時の小間物屋、馬具屋、民家などがそのまま展示されていました。隣接して、第一次、第二次大戦の 武器の展示物が数多く展示されており、中には零戦、スピットファイア、V1ロケットの本物もありました。その他にニュ ージーランドの戦没者の名前などを彫った壁があり、毎年、慰霊式が行われているとのこと。
 建物は2階に見えますが実際は3階建です。一部はリニューアル中でした。
 マオリの住居とマラエ(集会所)
 マオリの木彫とマオリの挨拶?長い舌ですね
 1階のショップ前では縦笛の演奏をしていました
 非常に愛想のいいマオリの人たちした

ジャイアント・モアという世界最大の飛べない鳥 ニュージーランドの国鳥キーウィ
 本物の零戦

スピットファイア V1ロケット(ペコペコでした)
 バイアダクトハーバー。浚渫用のドレンジャー(左)
 港の一角にアメリカズ・カップに参加するフライ・エミレイトチームの建物がありました トヨタがスポンサーであれば日本艇の方に応援して欲しいものです
 昼食は中華料理店で美味しくいただきました 飲茶のフルコースで美味しかったです

サファイヤプリンセスともこれでお別れ 免税店の近くにOK牧場?がありました
ここで買い物したものを落してしまいました
 オークランド空港
オークランド市内を駆け足で観光して15時にはオークランド空港へ向かう。ここから成田まで直行すれば大分時間の 短縮になるのだが、残念ながらシドニー経由で成田に向かうことになっている。
QF44便でシドニーに向かうのだが、チェックカウンターは2つしか空いていないため、1時間も並んで待つ羽目にな った。ここでは「自分で荷物を詰めましたか」「誰かに荷物を預けましたか」と次々と質問してくる。適当にイエスばかり言 っているととんでもないことになりそう。添乗員とガイドが通訳してくれたので助かりました。
ここでおバカさんのお話を一席。実はセキュリティチェックでえらい目に遭いました。というのはいつものように、アラー ムが鳴らないように金属類や上着などはすべてX線の方へ回したため人間の方は無事通過。、出てきた荷物を抱えて、 どこかに空いているテーブルがないかと捜したら少し離れたところにありました。我々夫婦がそこに荷物を置いて身支度 していると2人の係官がいてホールドアップさせられ目を白黒。何とそこは身体検査の場所だったというお粗末。せっかく 何事もなく素通りできたのに・・・・・・・。とんでもないところで「飛んで火に入る夏の虫」でした。あとで思い出して大笑い してしまいました。
オークランドとシドニー間の所要時間は1時間半の飛行。シドニーへ近づくと前線が横たわっているのか、ひどい荒れ 模様の中アプローチし始めた。稲光、雨、大揺れの三拍子の悪条件でも無事ドスーンと滑走路に接地。
シドニーでは少し時間があったのだが、免税店を回る気もなく、おとなしく待合室で搭乗時間が来るのを待っていた。そ こで面白い場面を見ました。5,6才の子供がゲームをしていると3,4人の子供達がそれぞれ各自のゲーム機を持って 集まり、ゲームをし始めました。ところがそのときの会話は日本語、英語が入り混じってゲームをしているではないか。な んと日本人、米国人?がゲーム機を仲立ちにしてコミュニケーションが成立している。子供は何と柔軟な頭をしているの かと感心するやら驚くやらであった。
22時QF21便は定刻にシドニー空港を飛び立ち成田へ向かう。乗ってまもなく機内食が出たが、すでにQF44便で 食事を取っていたので遠慮して寝てしまいました。
4月6日(金)
●成田到着
飛行は順調そのもので、3時頃外を見たら海上に街の光が見えた。当初グアム島かとも思ったが、地図を画面に出す とサイパン島であった。まもなく夜が明け始め、きれいな夜明けを見ることができた。
成田には一番乗りかと思ったら、着陸時間は6時半を過ぎていたので、恐らく一番機はいつものようにJL機であったと 思われる。
成田で荷物を受け取る時、Heavyという赤いタグを張り付けられた荷物の多いのに驚いた。20sを超えると張られる らしい。超過料金を取られるのかなと人ごとながら一寸心配。そういえば手荷物も7sを超えると超過料金を取られると いう。シドニーで飛行機に乗る間際に、これに引っかかりBBの入口横で、中から衣類を出して重ね着をしているおばさ んがいた。そのとき衣類を出して着込んでも、総重量は変わらないのにと思った。嫌がらせとしか考えられない。
荷物を宅配便に出し、今日、一日は東京見物に出かけることにした。我々ご一行8名様は上野公園に行き、花見見物 をしてから美術館コースと博物館コースに別れて行動することに衆議一決。
夕方からホテルのレストランで今回の旅行の打ち上げをして盛り上がる。久し振りのお風呂に浸かってぐっすりと寝込 む。

夜明けの飛行 QF機なのにJLのコンテナを引き出しています
●上野公園界隈

おのぼりさん一行です 満開の時期は少し過ぎていたようです
 上野公園のさくら
 旅行前から咲いていた桜がよく今までもちました。気温が低かったのが長持ちした原因らしい。
 科学博物館 本館はリニューアル中。65才以上は入場無料

今旅行2機目の零戦 これでも芸術品?と係の説明
 上野公園で見たいろいろな大道芸
4月7日(土)
●無事我が家へ
ホテルを10時過ぎにチェックアウトし、羽田に向かう。空港でいつものようにお土産を購入し、14:40発JL1113便 で旭川へ向かう。
旭川に着くとさすが北海道。ヒヤリとした感触が心地よい。さすがこの時期になると積雪もほとんど無くなっているが、 塩狩峠を越えると畑はまだ真っ白けであった。我が家に帰っても食べるものが何もないので回転寿司に寄って腹の虫を 押さえる。18時には無事、我が家へ到着。長かった17日間の楽しい旅行もこれで終了しました。

管制塔前の桜並木 ホテル前のきれいな植木
 羽田第1ターミナルの一番北側のBBから一路旭川空港へ
今回の旅行は時期的に少し遅かった感じがします。一ヶ月早ければニュージーランドはとても良い季節だったのでは ないかと思われます。しかし、2月下旬は当地方はまだ除雪の真っ盛りなので、仕方が無くこの時期を外したため、結果 的に初秋にかかってしまいました。とくにニュージーランドは1月か2月頃の旅行が最適と思われます。
船旅はこれで3回目になりますが、それぞれ船会社によって特徴があるようです。とにかく乗ってみないとわからない のが欠点ですが、我が家を背負って移動できるのが船旅行の最大の長所だと思います。足腰を鍛えてまた参加したい というのが本音です。
《終わり》
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