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4月のタイ旅行に引き続いて、今年2回目の海外旅行に行ってきました。今回の旅行は新聞広告で旭川発着のチ ャーター便で韓国旅行があるのを見つけ、早速、旭川の旅行社へ行き申込みをした。士別から海外旅行を計画する 場合、千歳−成田−目的地、または旭川−羽田−成田−目的地といった具合に必ず千歳か東京で一泊しなければ 旅行できない。帰りもやはりどこかで一泊することになる。
それが旭川から直接目的地に行けるということは時間と費用がそれだけ浮くことになり、旅行をする者としては大変 有り難い。なにしろ旭川は典型的なローカル空港ある。おいそれと自分の行きたい観光地にチャーター便が飛ぶとは 考えにくいが、とにかく出入りに一泊しなくて済んだのは最高であった。
旭川空港へ10時30分の集合に合わせて、自宅を8時過ぎに余裕をもって出発したので、集合時間の1時間前には 到着した。ここの空港のいいところは駐車場が無料で、さらに夜間は閉鎖するので安心して自動車を置けることです。 今回の旭川−ソウル間のキャリアーはKALで使用機材は日本ではあまり見られないMD−82型である。
旭川空港では国際線が飛ぶのは年に何回もないわけで、入出国の審 査は臨時のブースが作られ、そこへ出張してきた入出国審査官(2人) の審査を受けて、ロビーで待つことになる。ブースには電源も端末もない ので覗いたら、持参したノートパソコンでチェックをしていました。その脇 で税関職員が暇そうに座っており、案内はすべて空港管理者である旭川 市役所の職員が当たっていた。いかにもローカル的な光景です。
左写真は旭川空港の出発掲示板で、KALのロゴが表示されている。 電光掲示ではないので年間数回使用のためにわざわざロゴを作成して 取り付けたのでしょう。この費用も旭川市の負担か?
今回のチャーター便は韓国側から便利なスケジュールになっているよ うで、日本側は3泊4日といっても実質2日間の見学です。それに対して 韓国の旅行者は今日の午後からしっかりと見学し、帰りも夕方まで見学ができるようになっています。おまけに韓国側 は90名くらいに対し、日本側は154名で満席といった状況でした。乗客を乗せないフェリー便を飛ばさないとはうまく 考えたものです。
KE9766便はほぼ定刻12:30にブロックアウトし、RWY16からエアーボーンする。カグラ1デパーチャーからエ ンルートに乗るが、パイロットは慣れていないせいか、やたら大回りしている。それでもカグラポイント無事通過し、函 館−新潟−米子を経由して洋上飛行へ移り、大邱FIR(明日東大邱をセマウル号で通過する)へ入る。韓国南部 に入った後、今夜宿泊する釜山を横に見ながら(実際には見ていません)北上し、仁川空港を目指す。直接、釜山 (金海空港)に降りれば半日は遊べると思うが、飛行機大好き人間としては韓国の国内便に乗るのも楽しいもので す。
仁川空港には定刻通り到着。直ちにバスで金浦空港に向かう。ちょうど、成田と羽田のような関係で金浦空港は国 内専用になったらしい。仁川空港は島を埋め立てた海上空港なので、よく海霧が発生するらしい。そのような時は金 浦空港が代替になるとのことであった。金浦空港で国内便KE1157便(使用機材A330)に乗り、釜山の金海空 港を目指す。搭乗時間約50分あまりで到着。韓国の北端から南端まで約1時間で行けるということは意外と狭いとい う印象を受けた。
夜もすっかり暮れた21時過ぎ、本日の宿泊場所である「釜山観光ホテル」に到着。港が見える部屋であったが、ホテルはビジネスホテルよりは少しましかなという感じである。ひとまず風呂に入って、BSテレビを見ながらゆっくりと、くつろぎ、第一日目を終了。
●9月28日釜山観光を終え慶州へ
一夜明けて今日も上天気である。気温も暑からず寒からずで旅行には最高の日和である。ホテルで朝食を摂り、バ スで釜山市内観光に出発する。
まずは竜頭山公園へ向かう。途中、市内を見ると非常に活気のある街と思えた。港は中継基地と思われる施設が ずらりと並び、また造船所があちこちにある。日本でいうと神戸というところか。人口はソウルに次いで2番目の多さで あるという。

釜山ホテルアジア大会の指定ホテルと書いてある。竜頭山の釜山タワー。釜山市街を一望できる。

竜頭山公園 亀甲船で秀吉軍を破った将軍だそうです。
次いで釜山名物のチャガルチ市場に向かう。この市場は魚を中心に日用雑貨に至るまで、ありとあらゆるものを売っている。安いのかどうかはわからないが、結構人だかりがあるのでおそらく安いのであろう。
この市場で驚いたのは、これほど生ものを扱っているのにハエがほとんどいないのである。余程気を付けているだろうと思われた。
またこの場所に市場ビルがあり、魚屋さんが所狭しと営業している。沖縄にもこれと同じようなビルがあったのを思い出した。3階には活魚を料理する食堂がある。 このあとバスで慶州へ向かう。本当に駆け足旅行だということを実感した。
●新羅の都、慶州観光
釜山から高速道に乗り慶州へ向かう。韓国は左写真の通り右側通行である。左側通行になれている我々にとってはどうしても奇異に感じてしまう。特に走行車線を走っていると、どうしても左車線に入りたい気持ちになるのは不思議である。
慶州は昔、新羅の都があったところで、さしずめ日本でいうと奈良というところかも知れない。従って高いビルは建てることができないらしい。釜山と比較すると相当な田舎町といった感じである。
慶州の最初の見学地は天満塚である。ここは歴代の王の墳墓がずらりと並び、手入れも行き届いている。韓国のお墓はすべて土饅頭の形をしている。長い年月で、いずれは平地に戻り、土に帰るという宗教的なものかも知れない。韓国の一般のお墓は平地に立てられるのはあまりなく、共同墓地は全く見ることができなかった。それぞれの家族が山の斜面に土饅頭を作っているのが多い。山崩れや大雨に遭うと、ひとたまりもなく流されると思うが、大丈夫なのだろうか。
このあと慶州名産のアメジスト(紫水晶)を売っている店に寄り、石窟庵へ向かう。このお寺は標高700メートル以上の山にあり、途中から歩け歩けの大強歩であった。足の弱い者には大変な場所である。韓国の人たちは一生に一度はここを訪れるらしい。お寺は花崗岩をくり抜いてその中に仏像を彫ったということである。
次に見学したのがその山の中腹にある仏国寺である。石窟庵も仏国寺も8世紀中期の創建でいずれも石を加工した建造物で日本の純然たる木材建築とは大分異なるようだ。宇治の平等院は紫宸門の様式を取り入れて建築されたとガイドの説明であった。
 ホテルに行く途中立ち寄った青磁のお店。生産から販売まで一カ所で行っていた。
 夕食を摂った食堂の前庭あったキムチを漬けてある壺?。 右写真は食堂の前に飾ってあった石像。奥はトイレ。
 これは何の置物?蛙の便器?ちがうな
韓国の通風塔 はほとんどが写真ようなタマネギのような形をしている。そういえば釜山の市場の片隅でおばさんが手作りでこれを作っていたのを思い出した。面白い形をしていたので撮っておいた。
本日の宿泊は慶州市内から40分ほど離れた慶州コーロンホテルである。ある財閥が家族のために建てたらしい。今回の旅行の中で一番の豪華ホテルであった。
このホテルで夕食かと思ったら山菜定食を食べるため、荷物を置いてすぐに、またバスに乗り、上の写真ところまで行くことになった。ホテルではたった5,6人の食事客のために民族舞踊を踊っていたのを垣間見る。こちらの方が良かっと思ったが、おそらく食事代が高いので外に出たのであろう。
夕食時はすっかりと日が暮れていたが、食事のために降りたところはハテ?どこかで見たような感じある。そうだ、 昼間見たアメジストを売っていた店の隣であった。そこで何気なく写した写真が上の写真である。それであれば、わざ わざホテルに行って、出直すことはなかったのにと思ったが、これもスケジュールの一部だからあきらめることにした。
民家と田んぼ ホテル玄関
 ホテルから見た風景。このようなきれいな風景はあまり見たことがない。
●9月29日慶州から「セマウル号」でソウルへ

慶州駅。 集合しているのは我々の旅行団 慶州駅から駅前を眺める。
ホテルで朝食を摂り、直ちにバスで慶州駅に向かう。今回の旅行の中で、一番の楽しみである「特急セマウル号」に乗れるからだ。韓国の鉄道は標準軌で日本の新幹線と同じ幅である。そのため貨車も含めて大きく感じたが、コンテナの貨車を見るとやはり日本と同じ位の幅のように見えた。
慶州はそれほど大きい街ではないが、列車を利用する人たちは結構多い。乗客を見ると韓国の民族衣装を着た人はほとんど見かけることはなかった。日本の着物に該当すると思えば、普段それほど着ないのであろうと想像できるが、たまたま右写真のような服を着た女性を見つけた。チマ・チョゴリの簡易服といった感じである。
韓国の鉄道はソウル〜釜山間が幹線で、東京〜大阪間と同じである。距離的にも都市の大きさもよく似ている。ただし釜山は韓国で第二の都市といわれているが大阪と比べると数分の一の大きさということである。
慶州は幹線から少し離れた支線扱いのようである。現在、盛んに韓国版新幹線を建設している。韓国の新幹線は 軌道幅が従来線と同じなため、新駅を建設するということはないようだ。主要な駅では現在の駅を拡張してホームを建 設している。とにかく楽しい4時間余の楽しい列車の旅であった。(ほとんど外の景色に釘付けだった)
●ソウル市内観光
ソウル駅には13時03分、定時に到着する。駅に降りて驚いたが、韓国はどこへ行ってもバリヤフリーという考え 方が未だ行き届いていない。慶州もそうだが、ここソウル駅にもエスカレーターとか階段に手摺りがないのである。あ っても大変使いづらい。足腰が弱っている私としては大変辛いものがある。おまけに列車の乗降口まで階段を上り下 りする始末。欧米はこのタイプが多いので、日本のような高いホームの方が珍しいのかも知れない。
ここソウル駅も新幹線のホーム建設の真っ盛りで、この駅の表側は東京駅を模して建設されたという。さもありなん設計者が同一人物と聞いた。写真を見ると確かに東京駅に似ている。東京駅も戦前は丸いドームであったのを古い写真で見たことがある。我々はソウル駅の裏玄関から直ちにバスに乗り、昼食に向かう。市民会館の食堂のようなところで「石鍋ビビンバとチジミ」を食する。この食事が今回の旅行中で一番美味しかった。
腹ごしらえができたところでソウル市内観光へ出発。最初の見学地は景福宮である。昨年まで戦前の日本の総督府があったところで現在は広場となっている。その広場で衛兵の交代式を行っていたが、時間がなくて10分位の見学であった。昔の作法に従った交代はとても興味が注がれた。 ソウル駅。表口(上)裏口(下)
次に見学した場所は同じ景福宮内にある国立民族博物館を見学する。この後、バスで南大門市場(韓国のアメ横?)に向かう途中、コースを変更して写真撮影は絶対禁止、一時停止も禁止という物々しい中で青瓦台をバスの中から見学する。
この周辺の警備は厳重で最近までバスがその通りを通行することすらできなかったということで今回、青瓦台を見ることができたのは幸運であった。
南大門市場をぶらついたあと、最後はおきまりのコースであるロッテデパートの免税店へ直行。デパートを出る頃には外はすでにとっぷりと日が暮れて、焼き肉専門店に立ち寄り、夕食の「カルビ焼き肉」で夕食をとる。
イテウォンホテルに着いたときはすでに19時を回っていて、この後、希望者はソウルタワーへ案内するので荷物を置いてすぐに集合せよという。しかし、疲れたのと明日は朝4時過ぎには出発ということで私たち夫婦はパスした。しかも外はガスがかかっており、恐らくタワーからの見物はできないだろうと思ったが、参加者に聞くとソウル市街がそれはきれいに見えたそうな。それなら無理しても見物するのだったのにと思ったが後の祭りであった。
●9月30日帰国の途へ
今日はひたすら帰るだけというのに朝4時過ぎに起きてホテルを出発する。飛行機は8時45分出発というのにやた ら早い出発である。バスに乗せられてわかったのだが、その原因はなんとキムチの土産店に寄るための早出であっ たことがわかった。
朝早くから土産店に寄ることも無かろうにと思ったが、旅行社としてはその土産店と提携しているらしく従業員も3時 過ぎには準備のため店に来ていたとのことであった。本当にご苦労さんといいたくなるが、最後に土産店を設定する のはうまい考えである。今回の旅行団も結構な買い物をしていたので、この作戦は大成功というところか。
朝早く起きたために見たことのない光景を見た。それは主要な四つ角には必ず二人組の兵士が立って警備している のである。首都を守るためか、日本では絶対にお目にかかることがない光景であった。まだ、この国は戦時下で今は 休戦状態であることを思い知った。
◆乗り物オタクの独り言
仁川空港には6時頃到着して空港内の食堂で日本食の朝食を摂る。この後、出国手続きをして空港内をブラブラして時間をつぶしたが、その空港内で自動小銃を持った兵士2人が巡回するのをみてビックリ。いかに日本は平和ボケしている国かが外国に来て初めてわかる光景であった。
機内への搭乗どういうわけか国内便と同じ10分前であった。帰りの便もMD82で満席である。おまけにこの便に整 備員を乗せたため、旅行社の人が何人か降ろされたということである。何も定員一杯募集しなくてもよいのに思うのだ が・・・・。
おまけに乗り込むとき思わず転びそうになった。シップとボーデングブリッジの高さ調整のため、えらい角度がついて いるのである。これもジャンボの高さに合わせて設置したのだからまるで坂道を駈け降りる感じであった。
仁川空港は本当に広い空港である。成田もこのくらいの広さがあればと思うが、今の状態では到底無理である。あと は羽田の沖合拡張しか残っていないような気がする。帰りのコースは雲があってよく見えなかったが東に進路をとり、 すぐに日本海に出たようだった。その後、米子を通過して新潟通過中に佐渡島をはっきりと見ることができた。
千歳に近づいたとき平行して飛んでいる航空機(B747)を見つけたが、その機は千歳に降りるらしく次第に高度を 下げていたが、速度は我々の機より速く、ついに追い越されてしまった。巡航中の機より降下中の機の方が速いのは どういうこと?
旭川上空ではNDBの上空を通過して、ILSでRWY34に向かうようだが、どうも進入高度が高い。そして、そのまま RWYをパスしたではないか。それでは北側のRWY16から着陸するか思ったら、確かにVOR・DMEによるコースを 取ったようで、旭川市内の上空を通過し街外れで大きく旋回し、RWYに向かったようだ。しかし、どう見ても着陸のコ ースには乗っていない。そのままRWYを左手に見ながらパスした。結局は美瑛まで行ってILSで最終進入し無事着 陸。
今回の着陸はまるで軍用機の着陸そっくりである。一度着陸コースをパス(下見)してから着陸するということはKAL のパイロットは初めて旭川に着陸したのではないかと思われるが、このような着陸は初めての経験であった。
しかし、低高度で旭川空港周辺を遊覧飛行できたのはもっけの幸いであった。それでも定刻(11:25)より少し遅れ てスポットインした。この機は夕方に韓国の観光客を乗せて仁川へ帰ったようだ。
最後に旭川からチャーター便で直接海外へ行けるのはつくづく便利だなということを痛感した。この空港からは台湾 へもよくチャーター便が出るらしいので、今度は台湾旅行でも予定しようかなと思っている。
[おわり]
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