
2004年10月27日〜11月1日
10月27日 旭川空港〜羽田空港〜広島空港、広島市内
国内旅行は南から観光しようと決意して、今まで沖縄・九州・四国をまわってきたが、今回5泊6日間の予定で中国地 方を巡ってきた。前日からの雪で積雪が15センチ程になっていたが、飛行機の運航には支障がないように見受けら れた。
旭川10:30発JL1102便で羽田に向かう。しかし、着陸30分前になってもあまり高度を下げないのでおかしいなと 思ったら機長から中越地震の余震のため羽田が現在閉鎖中であるので点検が終了するまでホールディングするとの放 送があった。窓側でなかったのでよく外は見えなかったが、我々の下でホールディングしている機を見ることができた。 我々の機は相当高かったので着陸順番は大分、後になりそうである。何回か階段を下りるように高度を下げ、約40分 位遅れて無事羽田に着陸できた。
札幌組は機材の故障で1便遅れて羽田に到着。乗り継ぎまでほとんど時間が無く、ようやくセーフの状態であった。今 回の旅行は初めから何かついていない感じである。そういえば機内で一見紳士風の高齢者がCAに難癖を付けている のを見たり、羽田のレストランで上司とおぼしき中年が酒を飲みながら若い者をネチネチと説教(時には大声で)をして いる姿を近くで見て気が滅入ってしまう。おまけに代金は若者が支払っていた。いずれも中高齢者である。何かこの年 代は危ない感じがするするのは他人事ではないと自戒する。
羽田から広島へは14:10発のJL1611である。ほぼ定時に広島空港に到着した。この空港を利用するのは初め てであるが、空港を建設する際、土地がなかったせいか、とんでもない山奥の中に空港があった。広島市内まで高速道 でも結構時間がかかる。もしかしたら札幌〜千歳間より距離があるかも知れない。おまけに鉄道もないし、地元の人達 は結構、苦労しているのではないかと推察する。
着陸はさすが山の中にある空港だけにもろに山岳波の影響を受けるようで着陸態勢にはいると時々グラッと来る。そ のたびに修正を頻繁に行っているのがよくわかる。真下の高圧線をすぐ目の前にしながら無事着陸。空港は結構広い がエプロンに入ったのは我々の1機のみで、少し寂し感じがした。

雪の中の出発 A300 旭川空港 初めて1列目に座った。降りるのには最高

広島行きMD90 広島空港ターミナル
広島市内の観光は平和公園のみでホテルに入る。実際のところ、もう少し市内を見物したいところであるが、何しろ安いパック旅行なのでいたしがたが無いというところである。夕食はホテルの隣にある4000円で飲み食い放題で腹ごしらえをして、明日からの旅の英気を養う。
10月28日 安芸の宮島〜岩国・錦帯橋〜秋吉台・秋芳洞〜萩・松陰神社・松下村塾
今日は広島から萩までの行程である。今回の参加者は13名で、そのうち7名が我々の仲間である。バスも中型バス で2人分の座席を一人占めする状態であったので、移動は非常に楽であった。
出発前のホテル玄関 宮島へ向かうフェリー乗り場
左に広島電鉄、右に山陽線 近くの小学生が一杯乗りました
今日の最初の見学地は日本三景の一つである安芸の宮島である。広島地方は台風18号の強風で厳島神社も相当な被害を受け、現在盛んに復旧工事を行っていた。厳島神社は今まで何回か写真、テレビ等で何回も見ているので、それほど感激するようなことはなかったが、復旧工事の早さには少々驚いた。
次は広島県から山口県へ高速道を走り、岩国の錦帯橋を観光する。この橋は平成13年からの付け替え工事が今年の3月に終了した真新しい橋で、面白いことに駐車場が 河原にあり、また、その近くに出店がずらりと並んでいた。増水したら大変だろうなと人ごとながらちょっと心配。 あの階段状の太鼓橋を往復するのは大変なので、足の悪い私はパス。向こう岸まで行った連中は白蛇観覧所まで行って、たくさんの白蛇を見てきたという。このあと近くのホテルで昼食をとる。
昼食後、またバスに揺られて秋吉台に向かい、石灰岩でできた雄大なカルスト台地を展望した後、ひどい目にあった秋芳洞を見学する。鍾乳洞は全長1qくらいと聞いていたのでその位なら歩けると思い歩き出した。しかし、鍾乳洞まで、入り口から下りの長いトンネルを歩かねばならず、鍾乳洞に到着するまで優に500m位は歩いたのでないかと思う。鍾乳洞はすでに玉泉洞(沖縄)、龍河洞(高知)などを見ているので、あまり変わり映えがしない。形はどこでも同じように見える。おまけに出口から商店街を通り、バスの駐車場まで、また歩くということで、遂にお店の自動車で送ってもらう始末だった。
本日最後の観光地、萩へ向かう。途中かまぼこ工場を見せられて、松陰神社と松下村塾を見学する。幕末の志士たちがこの地から出たとは思えないほどののどかな街だった。このような辺境?の地だからこそ不満も大きかったのではないかと思う。当時あの山の中を歩いて江戸へ向かったとは余程足腰が丈夫だったのだろうと感心した。萩の宿に到着した時は、もうすでに暗くなっており、すぐに風呂に入って一杯引っかけた後、21時から石見神楽を鑑賞して本日の観光はこれで全て終了。
 スサノオウとヤマタノオロチの戦いの神楽で、迫力があってなかなか面白い。 お囃子のリズムが現代にも通じるような気がした。大蛇は和紙で作られているとのこと。

10月29日 萩〜津和野〜出雲大社〜玉造温泉
我々が宿泊したホテルは萩市の外れにあり、ホテルからモーターボートやヨットが係留されているマリーナがすぐそば にあった。今日は萩を出発して島根県に入り、津和野、出雲大社などを観光して玉造温泉までの行程である。

一夜明けた萩マリーナ このバスで今日も元気に出発
今日、最初に寄ったところは萩焼のお店。パック旅行は必ず観光地のお店とタイアップしているので、強制的に入店さ せられます。それも時間はたっぷりと・・・・・。それよりも見学地の時間をもっと長くして貰いたいものです。

ロクロで制作中 萩焼窯のレプリカ 立ち寄る度に荷物が段々多くなります
次は黄檗宗の東光寺を訪ねる。このお寺は毛利家(3代以降の奇数代藩主)の菩提寺で、かっては、堂塔40棟、僧80人という大寺院だったという。現在は、総門、三門、大推宝殿、鐘楼が名残をとどめて、いずれも国の重要文化財であるという。
ここで萩を離れ、島根県の津和野へ向かう。津和野は「山陰の京都」といわれ、こぢんまりとした町である。石州和紙が有名であるが、他にはこれといった産業もないようだが、観光で頑張っているように見えた。このような小さな町でありながら結構、有名人を輩出しているのは藩校の「養老館」の影響が大きかったのに違いない。
津和野観光が終了すると次の観光地出雲大社に向かうが、200q以上バスに乗りずくめである。おまけに山陰地方 は山陽ほど高速道が発達していないので、一般国道をひたすら走る。途中浜田の道の駅で休憩する。
4時間ちかく走ってようやく出雲大社に到着。ここ出雲大社は11月になると全国の神様が集まって会議を開くそうで、こちらでは11月を神無月でなく神有月というらしい。
出雲大社は大国主命をご祭神としていて、縁結びの神様、幸せを授けて下さる神様として、全国的に有名です。現在 の本殿は高さ24mで、国宝に指定されている。昔は40m以上あったらしくその遺構が出土している。昔は3本の柱を一 つにまとめて建てらしい。そのレプリカがありました。

浜田の「道の駅」 知人いる大田市 三瓶山。大山は見えなかった。

純日本風な大社駅 宍道湖に沈む夕日
出雲大社を見た後、本日宿泊する玉造温泉に向かう。ちょうど宍道湖付近を走っている時、きれいな夕日を見ること ができた。夜は安来節で有名な「どじょうすくい」を女性軍だけ見に行った。結構盛り上がっていたようです。
10月30日 玉造温泉〜松江市〜足立美術館〜鳥取砂丘〜鳥取市
いつものお土産屋さん 宍道湖の嫁ケ島。
歩いて渡れるらしい
今日は朝一番から伝承館という土産物屋から観光が始まった。ここでメノウの置物を買う。ちょうど動脈硬化を起こし ている血管の輪切りのような模様が面白かった。
松江で、最初に訪れたのは松江城である。黒塗りのどっしりとした城で姫路城と比較するとこちらの方が城としては好きである。次いで松江城の外堀を遊覧船に乗って「堀川めぐり」のコースである。昨年、九州柳川ドンコ舟の川下りと比較してみると柳川の方が手こぎで、説明も面白かった。しかし、今回の船頭さんの民謡はいい声だった。
松江市内の観光も終わり、次に向かったのは安来節で有名な安来市にある足立美術館である。この美術館は足立氏という実業家が個人で収集した絵画、書画を一堂に集めて公開している。
この美術館と共に有名なのが日本庭園で、手入れの行き届いた見事な庭園でアメリカの日本庭園専門雑誌の日本庭園ランキングでは、足立美術館庭園が桂離宮を抜いて日本一にランクされている。2200円の入場料の大半は庭の手入れに使われている感じである。 次に訪れたのは白兎海岸を見ながら日本のゴビ砂漠?鳥取砂丘である。到着して早速、皆さんは土産物屋さんから長靴を借りて颯爽と砂丘に向かうが、私は皆さんを見送るだけにする。砂丘の入口付近のみでも、その壮大なスケール感は十分堪能できるのにと負け惜しみを言ってみる。
ここでは「♪月の〜砂漠をは〜るばると♪」を歌いながらラクダに乗ろうかと密かに思っていたが、残念ながら営業 はしていなかった。海岸の方の砂丘へ行った連中も時間がなくて大変だったらしい。我々のグループも途中で回れ右を して早々に帰ってきた。元気よく出かけたのにすぐに戻るとは・・・。この時とばかり、ひやかしてやった。
これで今日の観光終了し、鳥取市内のホテルに向かう。今日の夕食は自由ということで、その辺を歩いたがなかなか いい店がない。結局ホテルの隣にあるデパ地下で食料と酒の買い出しをして、部屋でドンチャン騒ぎをして就寝。
10月31日 鳥取市〜神鍋高原〜天橋立〜姫路城〜わしゅう温泉
この日はガスがかかってホテルの最上階が見えないほどである。閑散とした朝の市内(右)
今日は神鍋高原を経由して天の橋立に向かう。途中、台風で大変な被害を被った豊岡市の近くを通過するが、案の 定、出石付近でバスは立ち往生してしまう。抜け道を確認しながらようやく天の橋立に到着する。
日本三景の天の橋立 は大江山の麓を流れる野田川から砂を押し流し、与謝の海からの押し返しにより出来た砂嘴で全長3.6Kmあるという。これ以上の砂嘴は北海道にもあちこちにある。サロマ湖、野付半島、風蓮湖など目白押しである。しかし、天の橋立のように松林がないのが残念であるが・・・・。
この松林も200本以上台風で倒れたという説明であった。松林を見るのであれば文殊のあたりから見るのが見映え がいいかも知れない。日本三景ということで期待していったが、それほど感動すべき景色ではなかったというのが感想で ある。同じ砂嘴で松林を見るのであれば、道東の野付半島のトドワラの異様な景色がオススメである。
 途中休憩のため立ち寄った道の駅「神鍋高原」ここはスキー場、ゴルフ場、ハンググライダー場が完備している

氾濫した円山川 未だに後片づけをしていた ここで立ち往生しました
天橋立を見た後は国道9号線、播但連絡道を通って、本日最後の見学地、姫路へ向かって、まっしぐらに走る。ここでは姫路城のみを見学する。
姫路城は白漆喰で塗り固められた城なので、別名白鷺城と呼ばれている。白漆喰 を使っている理由は防火のためだ そうです。そのため、壁だけでなく、軒から柱に至るま で、ほとんどの外面を白漆喰で塗り固められている。 天守閣の高 さは46.4mの巨大な城である。階段が急で上り下りが大変ということで私は内部の見学はパス。その代わり城に隣接 する好古園を見学した。今回いろいろな場所で城を見てきたが一番気に入ったのは、やはり松江城である。いかにも戦 国時代の城という風格があったような気がする。
姫路城を見学した後は山陽道、瀬戸中央道を経由して、本日の宿泊地、鷲羽山に向かう。高速道を降りたとたん、やたら細い道を走り始めると、目の前に巨大な橋が見えてきた。瀬戸大橋である。この橋の下をくぐり無事ホテルに到着。
このホテルはその名前からどこかの電鉄会社の経営と思って従業員に聞いてみたら、昔この付近に電車が走っていたらしい。しかし、現在はもうすでに鉄道業は廃業しているとのことであった。
そこで、インターネットで調べてみたら平成2年まで、下津井電鉄という今では珍しいナロー軌道の電車が倉敷市茶屋町から民謡「下津井節」で有名な下津井まで20.9kmを営業していたという。現在、廃線跡地がサイクリングロードとして整備されているという。
11月1日 わしゅう温泉〜倉敷市〜広島空港〜羽田空港〜旭川空港

ホテルから瀬戸内海が目の前に広がる。近くに本四架橋が間近に見ることができる。
今日は倉敷美観地区を散策した後、一路、帰道する。時間が許せば是非、岡山の後楽園を見たかった。鷲羽山から倉敷まで山陽道を走ったので岡山の市内も見ることができなかったのは残念。
倉敷の美観地区はよく手入れが行き届いており、おまけに月曜のためか観光客が非常に少なく、ゆったりとした気持ちで散策できた。
倉敷の観光が終了した後は広島空港へ向かう。予定より少し早めについた。13:20発のJL1606便までしばらく時間があるので空港内をあちこち探検する。送迎デッキに入るために100円もとられた。エプロンにはANAの777が駐機していた。さすが3000mの滑走路ともなれば広い感じがする。
昼食は広島名物、みっちゃんの「お好み焼き」を食する。美味しいのだが、どうも焼きそばのイメージが強く、これがお好み焼き?という感じである。
ほぼ定時に離陸。羽田では乗り継ぎ通路を通ったので1回分セキュリティチェックがないため楽であった。そういえば 広島空港ではノートパソコンを徹底的に調べられたのには参った。ノートパソコンの蓋を開けて中をチェックするという厳 しさである。このような経験は今迄なかったことである。
羽田は15:50発旭川行きJL1029便で定刻に出発すると思いきや、女の子が1人遅れて搭乗してきた。前にも女 性のグループが思いっきり遅れてきて、照れ隠しのためかゲラゲラ笑いながら席に着いたのを思い出した。他の乗客に 迷惑をかけているという認識が全くない態度はいただけない。たった一人が10分遅れてくると乗客300人×10分=30 00分(50時間)も乗客の時間を奪ったという計算ができないらしい。年寄りの愚痴でした。
今回の旅行は距離が長すぎた感じもするが、おかげで中国地方の各県と京都府を回ることができた。歩ける間に全国 各県の観光地を必ず一つ以上回るという計画を持っているので、次は南紀か北陸あたりを計画しようかなと思ってい る。
−おわり−
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