さわやか草津・信州・上高地4日間





2012年5月27日〜30日

 昨年9月に佐渡旅行に行ってきてから早いもので、すでに9ヶ月過ぎました、そこで今年、最初の旅行を5月下旬に本
州中央部の群馬・長野・山梨をぐるりと回る旅行をしてきました。

 一生のうちに国内の全都道府県を踏破(通過するのではなく足跡を残す)する計画を立てているが、今回の旅行は
うまい具合に未踏破だった県のツアーであったので、すぐ申し込んでおいたものが今回実現した。

 コースは下図の通りで、3泊4日の日程なので体力的にも疲労が溜まらない、ちょうど良い行程でした。今回の旅行は
全参加者道内の在住者で構成され、5空港から45人の参加があった。ちょうど観光バス1台分で、満員状態で乗り降り
が大変でした。今回もいつものように日記風に旅行記をまとめてみました。


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2012年5月27日(日) 1日目
●旭川空港〜羽田空港〜軽井沢〜草津

 我が家を8時に出発し、旭川空港へ向かう。集合時間は9時30分なので空港へは余裕の到着であった。旭川空港は
相変わらずの閑散振りで、機材が小さくなるとこれほどまで乗客が少なくなるとは・・・・。トホホ状態です。

 今回の搭乗券は包括搭乗券なのでマイルが付かなかったのにはガッカリ。旭川からの参加者は我々を含めて6名が
搭乗したが、当然ながら顔見知りはいなかった。飛行機は到着機が遅れた関係で10分ほど遅れて出発した。使用機材
はMD90で相変わらずのダッシュ振りの良さに感心させられた。

 上空からの眺めは所々に雲があるものの、結構下界を見ることが出来てラッキーでした。今回搭乗したMD90は8割
方席が埋まっていたが、後部座席はガラ空き状態だったので、左右の座席を移動しながら写真を撮ることができた。

 今回の旅行は4日前にギックリ腰になり、おまけに出発前日に首も回らなくなるという最悪の状態で出かけることになっ
た。一時は旅行を中止しようかとも思ったが、なんとが這いずり回ってでも行くことを決心して、当日はしっかりとコルセッ
トを腰に巻き付け、ソロリソロリと歩いての出発となった。何ともはや情けない姿です。

 従って今回の旅行で、歩いて回る所の写真は全てお母ちゃん任せで、本人はバスからの写真と駐車場から見える範
囲の観光地のみ撮りまくりました。それでも時間が経過するに従い、腰の痛みも次第に和らいで、旅行後半は大分調子
が良くなってきたのは不幸中の幸いでした。
 
久し振りの旭川空港は閑散としている。隣には後発のスカイマーク成田行が駐機中。
MD90のV2500エンジン
飛行中は快適そのもの
MD90は今秋退役予定

 ※お空からの地上風景※
 
       千歳空港。4本のRWYが見えます               苫小牧の石油備蓄基地
 
         青森県の東端、尻屋岬                       三沢空港

奥羽山脈

 飛行コースは旭川⇒千歳⇒三沢⇒仙台⇒大子⇒羽田という、いつものコースであったが、途中、仙台上空を通過し
たので、席を左側に移動して、初めて3.11の災害跡を上空から見ることができた。上空から見ると津波の被害がこ
れほどまでにひどいとは思いもよらなかった。1万メートル上空からでも一目瞭然、その被害状況がよくわかりました。1
年以上経ってもこの惨状では、いつになったら元の風景になるのか、国の施策が待たれるところです。−合掌−


 
   羽田が近づきスピードと高度を落としています。   観光バスは昨年と同じ場所に駐車していました。
  スポイラーを立てると結構な風切り音を発生します。

 ※東京都内あちこち※

 
      東京タワーはいつ見ても格好いいナ〜。          ベイブリッジを渡って箱崎へ
      アンテナの曲がりも修理したらしい。
 
      国技館(手前)と江戸東京博物館               スカイツリー(写真をクリック)
 
   浅草にある某飲料メーカーのウンコ?モニュメント  首都高って田舎の一般道と同じスピードですか?

 ※首都高から関越道・上信越道へ※

 
        最初の休憩は高坂SA                   藤岡JCTから上信越道へ。

群馬県に入るといろいろな山が見えてきました

妙義山の赤岩と烏帽子岩

上信越自動車道・碓氷軽井沢インターチェンジ近くにそびえる高岩
  
       碓氷峠の釜飯は現在も健在です。       高速道を降りてからは雨模様になりました。

◆軽井沢

 軽井沢は資料によると江戸時代には、五街道のひとつ中山道が通る宿場町であり、中山道の難所のひとつとして知ら
れる碓氷峠の西側の宿場町として栄えていた。その後、1888年イギリス人宣教師A・C・ショーがここを知り、別荘第1号
を建てたことから、多くの外国人宣教師や国内の政界・財界人や文化人の別荘が建てられ、夏の冷涼な気候と相まって
国際的避暑地として発展し、国際色豊かなお店が並ぶようになりました。また軽井沢は東京を後背地として持つ、リゾー
ト地として確立している。

 町並みは瀟洒な建物が多く、郊外にはあちこちに別荘が建ち並んでおり、1年中住んでいるような別荘もありました。こ
こはやはりお金持ちが集まる場所だと確信しました。一般庶民は商店街をぶらつくのが精一杯というところです。

 
            軽井沢に到着              さすが駐車している自動車も外車の高級車です。

 ※軽井沢あちこち※


 ※軽井沢から草津へ※

 
草津へは浅間・白根火山ルートを通過しました。

浅間山の勇姿
安山岩質の標高2,568mの複合火山。円錐型をしている。世界でも有数の活火山として知られる。

◆鬼押出し園

 鬼押出し園は、群馬県吾妻郡嬬恋村にある公園であり、一帯は1783年(天明3年)に発生した浅間山の噴火の際に
流れ出た溶岩である。鬼押出しの溶岩は、普通の溶岩と考えられてきたが、火砕物が火口周囲に堆積し、熔解して凝固
しながら流出した特殊な溶岩であった。名前の由来は浅間山の火口で鬼が暴れだし、真っ赤な 溶岩がまるで鬼のように
次々と押し出してきたという印象から、 この溶岩群に鬼押出しの名前がつけられたそうです。


◆草津温泉 ♪ 草津よいとこ 一度はおいで〜 ドッコイショ ♪

 草津の地名はその由来に二通りの解釈があるようです。草津町温泉資料館によると、次のように説明されています。
ひとつにはその独特の硫黄成分の強い温泉の臭いから「臭い水」を意味する「くさうず」が変化して草津になったという
説。
 ふたつめは大般若経の中の一文、「南方有名是草津湯」より来ているという説。いずれが正しいのかは知る由もありま
せんが、雰囲気としては「臭い水」→「草津」が当たっているような感じがします。 

  
草津温泉に近づくと硫黄の臭いがバスの中まで入ってきて、温泉が近いことを知らせてくれる

 ※湯畑※

 温泉街の中心部に湧く源泉で、周囲がロータリー状に整備されている。デザインは当時の町長のホテルに投宿した岡
本太郎が手がけ、工事の際に昔の囲いは撤去された。湯が滝のように湧き出る光景は全国的にも数少なく、夜間のライ
トアップで湯畑を演出する催しも期間限定で行われ、観光客の目を楽しませている。

 湯畑までは宿から15分おきにバスが出ており、簡単に行ける。しかし、今日はあいにくの雨で散策するのは不可能だ
った。写真は全てバスの中からの撮影である。なお、草津温泉名物の「湯もみ」は宿に到着した時には、すでに終了して
いて残念ながら見ることができなかった。


雨降りのためか温泉客はほとんどいなかった。
 
よく古墳時代から湯が枯れずに沸き出るものだ。

これを「湯ばたけ」とはうまいことを言ったものです。

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