3月20日(日) 成田〜上海1日目 曇り 10度
ホテルではいつもの通り5時前には目が覚めた。ホテルの眼下にあるJALの大型機用パレットドーリーやトーイン
グトラクターなどの空港地上支援車両(GSE)が所狭しと並んでおり、集積場はこれらの墓場のようで、いかにも現在
のJALを象徴しているかのように見えた。
今回の地震では成田空港のターミナルも一部壁が崩れたらしい。我々が宿泊したホテルの部屋の天井の張り紙が
外れていたり、廊下が仕切られて3階の半分が使用されていない状態であった。恐らく、ここも多少の被害があった
のかも知れない。このような状況下で旅行に出かけるのはあまり気乗りがしなかったのが本音であった。それでも元
気を出して、朝食とってからホテル手配のバスに乗り、集合場所の第2ターミナルに向う。

ホテルの眼下にあるJALのGSE。貨物便がなくなり無用の長物になった。
最近のGoogle earthにもはっきりと写っていました。

ホテルの朝食。しばらく日本食とはお別れです。 久し振りに第2ターミナルのサテライトへ向かう。
8時半に第2ターミナルの団体カウンターに集合するとターミナル内は今回の地震・津波・原発事故の影響のため
帰国する外国人で立錐の余地のない超満員の状態でごった返していた。今回の国外脱出は原発事故の影響が大き
く響いたようで、我々が搭乗する上海行き中国東方航空MU272便も予備席もない満員状態でした。
集合場所には、すでに添乗員のYさんが待っていたが、そのほかに旅行会社から今回のコース変更の説明のため
に旅行会社の社員(管理職?)のKさんも待っていた。このとき初めてコース変更を知らされてビックリ。今回のコー
ス変更は昨夜遅くに決定し、旅行会社からそのことを全員に連絡したらしいが、当方の携帯は電源オフのだったた
め、連絡できずにいて、知ったのは今日になってしまった。そのコース変更の内容は日本寄港(福岡・広島・大阪)
とウラジオストックが抜港になり、その代わり仁川寄港が復活し、さらに基驕E香港が新しく寄港するというもので
あった。
結局、北から南へ大きくコースを変更することになったが、それにしても今回抜港になったところは申し込み時から
楽しみにしていた場所ばかりであった。たとえば福岡で市立博物館、広島では大和ミュージアム、ウラジオストック
では一駅とはいえシベリア鉄道の体験といろいろ計画をしていたのにそれらがすべてキャンセルされてしまったのは
残念至極である。その代わりに新しく基と香港寄港が追加されたが、両方ともすでに2008年のクルーズで観光し
ているのであまり興味が沸かなかったのも事実である。
なんやかんやでチェックインのため並んでいるとき何気なく「今旅行を中止したら旅行代金は半額しか戻らないの」
とKさんに聞いたら「いいえ、このような事態ですので全額払い戻します」という返事。それであれば中止してもいいか
なと内心思ったが、このまま帰るにしても帰りの搭乗券はまともに一人4万円はかかるし、東京で遊ぶにしても、いつ
また東京に地震や放射能が降ってくるかわからない状態ではゆっくりと遊ぶこともできないので、このまま旅行に行く
しかないと決心した。
結局、今回のクルーズの参加者は当初、15名以上いたので催行決定したらしいが、震災前に14人になり、昨日
の最終コース決定でさらに3人辞退したため総勢11人となったという。旅行会社のKさんは「今回の旅行は大赤字
です」と嘆いていた。というのはたった11人に対して添乗員が付いたり、オプショナルの参加者が2人でも添乗員付き
で催行するという。これでは大赤字だということもうなづける話である。これで我々夫婦がもし参加しなかったら一体ど
うなってしまうのか、あとで添乗員のYさんが笑って話してくれた。

MU272便は初めてのA330でした。巨大な主翼です。 機内は帰国する中国人で満員状態

上海浦東国際空港のターミナルは横に長いため、やたら歩かされました。動く歩道が欲しいところです。
我々の搭乗した東方航空272便は定刻に成田を離陸し、まるで国内便のように九州まで飛行して、外洋に出て、
まもなくして上海空港に着陸。この機は上海経由北京行きなので、上海で一旦全員を降ろした後、改めて北京へ向
かうようです。成田からは9人+添乗員が搭乗しましたが、あとの二人は関空と福岡空港からの搭乗になるという。空
港からは小型バスで移動する。港は昨年も利用した長江の支流である黄浦江の「上海国際客運埠頭」で、そこに停
泊しているオーシャン・プリンセスに無事に乗船。
乗船のチェックインを済ませ指定された船室に向かうが、部屋に入ると、なんとそこはベランダ付きの部屋ではな
いか。恐らく間違っているのではないかと思ったが、カード式の鍵もぴったり合うので間違いではないらしい。我々が
申し込んだのは一番安いグレードを頼んだはずなのにと思いつつ、そのまま居直りを決め込んだ。後で同じグループ
の人に聞いてみたら、やはりグレードが上がった部屋に案内された人もいたということがわかり、グレードアップは
我々だけではなかったらしい。
あとで調べてみると我々の部屋はラッキーなことに2ランクも上の部屋で、結局二人で20万円も得したことになる。
しかし、あじめからベランダ付きの部屋を頼んだ人の料金が正規料金のままだったら、とてもじゃないが黙ってはいな
かったに違いない。旅行会社か船会社の手配間違いだと思われるが、このまま口をつぐむことにした。
オーシャン・プリンセスに乗船して驚いたのは、船内の内装がこれまでの客船とはまったく違っていたことです。豪
華であるのは勿論ですが、家具などは多少年季が入っていて、それが何ともいえない重厚感があり、これぞ本物とい
う感じでした。メイン階段は、あの、「タイタニック」号のメインダイニングへの階段がモチーフだということで、柄は小さ
いが中身は豪華にという作り方がとても気に入りました。船体が小柄だということは、どこへ行くにしても歩く距離が短
くて、とても気に入りました。それでいて大型船並の設備は一通り揃っていました。
◆上海国際客運ターミナル
我々が乗船した上海国際客運中央は中国で初めて国際基準に基づいて設計された大型客船用の港で、外北灘に
建設された。長さ850mの港には同時に3艘の客船が停泊できる。また、出入国検査なども行われる施設をもち、緑
地なども整備され、2008年に完成した比較的新しい施設です。上海港国際客運中心は通称「一滴水」と呼ばれる
が、これはターミナルの形が水滴のように設計されているためという。その総ガラス張りの建築物は、対岸の浦東か
らでもよく目立つ存在です。
昨年のクルーズでもこの岸壁を利用しましたが、その時は寄港のみであったので、「一滴水」の内部は見ることが
できませんでした、今回はここで乗船手続きをしたため、初めてこのターミナルの内部を見ることができました。内部
は非常に広く、使い勝手の良さそうなターミナルですが、外見の総ガラス張りと比較すると内部のケバケバしい色は
いかにも中国らしい配色です。
シンプルな外見とは違い内部の配色のケバケバしさはさすが中国です。
本船に乗船してみると日本人コーディネーターのTさんがいたのにはビックリ。おまけに以前「ダイヤモンド・プリンセ
ス」で一緒だった京都のおばんと再会して、これまたビックリの連続でした。Tさんによると今回このクルーズには
我々のグループを含めて37人の日本人が乗船したため、乗り組んだという。

上海国際客運中央の岸壁に停泊中の「オーシャン・プリンセス」
船首は一寸ずんぐり型の形をしています。

「一滴水」でチェックインを終了すると4Fへつながる桟橋を使用し、後戻りはできません。
乗船してからの乗り降りは3Fのタラップを使用します。非常に面倒くさい方法です。
◆オーシャン・プリンセスのデータ
| 総トン数 |
30,200トン |
就航年 |
1999年 |
| 全長 |
178m |
全幅 |
25m |
| 喫水 |
5.95m |
乗客定員 |
342室670名 |
| 巡航速力 |
20ノット |
乗組員数 |
370名 |
| デッキ |
11層 |
船籍国 |
バミューダ |
| メインダイニング |
2回制・固定席 |
タイプ |
四つ星 |
2009年12月、タヒチアン・プリンセスより改名
オーシャン・プリンセスは元は南太平洋を中心に運行されていた「タヒチアン・プリンセス」ですが、2009年12
月2日より「オーシャン・プリンセス」に改名しました。これは本船が世界中に寄港するようになったのに合わせ、より
ふさわしい船名に改名し、あわせて改装も行われたということです。改名後は12月からアジアクルーズに投入さ
れ、、今回もそのクルーズの一航海にあたります。アジア就航が終了すると拠点をドーバーに移し、北ヨーロッパコー
スに入るという。
夕方には荷物を片付ける間もなく、4:30からの避難訓練の説明会に出席し、会の途中から最初のオプショナルツ
アーに出かけた。ツアーは「海鮮料理ディナー」と「上海雑技鑑賞」である。参加者は添乗員と我々6人でミニバン
に乗っていざ出発。そのときミニバンには現地ガイドとなんと!前回の旅行でガイドしてくれたリンリンが乗っていた。
あのときの話をすると思い出してくれたようだ、これで3人目の再会である。なんとも珍しい出会いの連続でした。
彼女は関空と福岡の乗客を飛行場から本船まで送り届けた帰りだという。最近は日本人の旅行者が少なくなって商
売(日本語ガイド)が上がった切りになっていると盛んにボヤいていた。彼女とは途中でバイバイしました。
自動車で30分あまり走って上海図書館近くの中国料理店で中国料理の夕食を摂り、その後、上海雑伎団を見に
行く。本船へ帰ってきたのは22時を回っていた。乗船して荷物を片づける間もなく出かけたので、後片付けをして就
寝したのはすでに23時を過ぎていた。
◆図安蟹味館で中国料理に舌鼓
「図安蟹味館」は上海図書館の裏側の「高安路」にあります。図書館の裏側にひっそりと建っているせいか、観光客
が少ない穴場的存在の上海蟹レストランということです。ここは上海蟹を食べさせる有名店ですが、蟹は9月から11
月まで食べられるということで、今回は時季外れのため蟹を食べることができなかったのは残念でした。道理で蟹を
入れる生け簀には魚が泳いでいました。

場所は少し奥まったところにあり、静かな場所でした。

これだけの料理を並べられると食べる前にお腹が一杯になりそうです。
さすが本場の中国料理だけにどれをとっても美味しかった。

食事が終わってもこれだけ残してしまった。中国では完食すると料理の量が少なかった
と思われるらしい。またたくさん残すと美味しくないと思われるので、この位残すが礼儀だという。
所変われば品変わるで日本では考えにくいマナーである。
◆上海雑技鑑賞
食事を摂って幸せ一杯で、今度は上海雑技団の演技を見に行く。我々が行った白玉蘭劇場は伝統的な衣装と雑
技のレベルが高いことで有名な所で、いつも観光客で一杯だという。空中から吊られた紐に絡まったり、自転車やバ
イクを使ったアクロバットなど、さすが歴史のある上海雑技団です。
上海雑技団にはいくつかありますが、この劇場の演技は上の部類に入るということでした。内容は皿回し、帽子のチ
ェンジ、レーザーショー、オートバイショーなど中国らしいものと現代的なものの両方があって、とても楽しめました。

劇場入口。観客には結構外国人が多いように見受けられました。

司会は英語と中国語で説明。残念ながら日本語はありませんでした。

体の柔軟さには驚かされます。

雑技団といえば皿回しと独楽回しです。

オートバイが5台も走り回っています。
見事な演技にただ見とれるばかりでした。

最後は客席まで降りて挨拶をしていました。
長かった20日もようやく終わりました。今日一日を振り返ってみると朝は成田にいて、その日に上海で中国料理や
雑技団を見るなんて何とも不思議な気がします。本船は今夜は上海に停泊して明日の22:00には大連に向けて出
港する予定。
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