「ぱしふぃっくびいなす」で行く 春の小笠原クルーズ 2009年3月21日〜27日
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「ぱしふぃっくびいなす」のデータ
総トン数 26,518トン 全長 183.4m 全幅 25m 巡航速力 20.8ノット
航続距離 7,000マイル 乗客定員 696名 乗組員数 204名
今回初めて国内クルーズに挑戦してきた。このクルーズは昨年、申し込みが遅かっ たため、行き損なった 小笠原(父島)へのクルーズである。小笠原は父が大東亜戦 争(古い!)で戦病死したいわくつきの島であるので、かねてからぜひ彼の地を一度 は訪ねてみたいと思っていた。 今回はクルーズ船も初めて日本船の 「ぱしふぃっくびいなす」に乗船して、5泊6日 のクルーズである。いつものように日記風のリポートでまとめてみました。 日程表
3月21日〜22日 | 士別〜東京(前泊) 22日 横浜 乗船 17:00出港 | 3月23日 | 終日航海 | 3月24日 | 08:00小笠原 父島入港 op:ホエールウオッチング | 3月25日 | 小笠原 op:父島北部ワゴンバスツアー 17:00出港 | 3月26日 | 終日航海 | 3月27日 | 08:00横浜 入港 羽田〜士別 | 日付をクリックすると該当ページへジャンプします3月21日(土) 士別から東京へ
今朝は少し早起きをして、出発の準備に取りかかる。自宅を7時半に出て、旭川空港には少し早目の9時に到着した。 早々にチェックインを終わらせラウンジに入るとスカイマーク、エアドウの一番機が次々と羽田へ向かって離陸して行っ た。我々は朝便最後のJAL9:55発1100便に乗り込み、5分遅れで離陸。羽田には風のせいか10分早く到着予定 と放送していたが、到着寸前、房総半島で一回りさせられて結局、定刻時間の到着となった。羽田空港到着直前の遊覧 飛行は急ぐ乗客にとっては、さぞかしありがた迷惑であったろうが、飛行機大好き人間にとっては房総半島を低空で一 回りできたのは風景が地図通り(当たり前)で楽しい遊覧飛行だった。
3月下旬とはいえR40号線はまだ雪景色 旭川空港ターミナル。一応CIQも揃っています。
今回の搭乗機A300−600R 上空では何回か航空機とすれ違いました
新滑走路の工事に伴い、エプロンでは箱物が工事中。 久し振りにモノレールに乗りました
浜松町に着いたときはすでに12時を回っていたが、荷物は先に本船まで送ってあるので、手ぶらで昼飯を食べに今、 はやりの築地市場へ行く。都内へは久しぶりにモノレールを利用し、大門から大江戸線に乗り換え、築地市場で下車。 歩いて数分で市場に着く。そこで見たのは市場関係者とは一目で違うなりの人達の多さにただ驚くばかり。我々もその 一人であるが、こんなに部外者がぞろぞろと市場内を歩き回っているのを見ると業務にさし障りしているのではないかと 一寸心配。
早速、寿司屋を数軒回るが、いずれも長蛇の行列。これでは何時間待っても食事にありつけるのはいつになるのかわ からない。結局、寿司はあきらめて客が並んでいない、そば屋に入って昼食を取る羽目となった。
大江戸線、築地市場駅の見事な壁画
ここから部外者が続々と入って行きます 寿司屋の前はこのような混雑振り
仕方がなくそば屋で昼食 天丼を注文しました
昼食が終わってもホテルのチェックインにはまだ大分時間があったので、大江戸線で新橋まで引き返し、その後、「ゆ りかもめ」に乗り換え、お台場のテレコムセンターで下車し、 「日本科学未来館」を見学する。
久し振りに「ゆりかもめ」に乗車 テレコムセンター
日本科学未来館 シンボル展示のジオ・コスモス
日本科学未来館の見学が終わったら午後4時を回っていたので、今日の宿泊場所である門前中町まで行くことにし た。とにかく風が冷たく外にはあまり居たくない気分である。
宿泊先はビジネスホテルなので、途中、コンビニで弁当を仕入れ、ホテルでわびしく夕食。今日は久し振りに歩いたた め足腰が痛くなってきたので早々にベットにもぐり込んだ。乗船前にこの有様では先が思いやられる。
3月22日(日) 東京〜横浜・大桟橋「ぱしふぃっくびいなす」に乗船
門前仲町のビジネスホテルを8時過ぎにチェックアウトし、横浜に向かう。当初はバスで東京駅北口に行く予定をしてい たら、今日は東京マラソンが開催され、バス停がある永代橋通りは通行止めになり、折り返し運転となっていた。結局 バスをあきらめ、大江戸線で大門へ行き、浜松町から各駅停車の京浜東北線で桜木町へ向かった。
桜木町駅界隈を歩くのは50年振りのことであり、今浦島のようで、その変容振りに驚かされた。駅前の食堂で昼食 (揚げそば、餃子)をとって腹ごしらえ。その後、大桟橋までバスを利用したが、途中の風景は見覚えのある建物がまだ 結構残っているのを見て、一安心する。
クルーズの受付は16時からなので、まだ大幅に時間があるため、横浜公園界隈を散策する。ここの公園も学生時代 に何回か訪れたことがあるが、当時は進駐軍からようやく接収が解かれた直後の山下公園の記憶しかない。それでも、 現在は警察関係が使用している船溜まりとか、海側へ楕円形に張り出した展望用のバルコニーに昔の面影が残ってい たのには懐かしさ一杯であった。
その後、山下臨港線のプロムナードをブラブラしながら赤れんが倉庫へ行く途中、雲行きが段々と怪しくなり、ついに 雨が降り始めたので途中で引き返し、大桟橋に逃げ込んだ。
桜木町駅界隈は昔の面影は何一つ残っていなかった
昭和5年に竣工し、豪華客船として活躍した氷川丸
山下公園の展望用のバルコニーは3カ所あったと思ったが、現在は2カ所に減っていた カモメに餌をやるなと掲示してあるのに餌を与えている御仁がいて、ご覧のような有様
★「ぱしふぃっくびいなす」初見参
「ぱしふぃっくびいなす」のデータ
・進水年 1997年9月29日 ・就航年 1998年4月 ・総トン数 26,518トン ・全長 183.4m ・全幅 25m
・喫水 6.5m ・デッキ 12層 ・巡航速力 20.8ノット ・航続距離 7,000マイル
・主エンジン Diesel United 12PC2-6(9,270馬力)×2 ・横揺れ防止装置 フィン・スタビライザー
・客室数 254室 ・乗客定員 696名 ・乗組員数 204名 ・造船所 石川島播磨重工業 ・船籍港 大阪港
2万6千トンの小型客船ながら、着岸していると意外に大きく見える この船は客室全室に海側の窓が付いています
函館水産高校あった帆船模型を復元したもの 大桟橋の敷地内は禁煙。何回ここを往復したことか。 当時は操帆訓練用に使用したとのこと
桟橋内に喫煙場所が欲しいのだが、近く神奈川県全
体を禁煙にするという。
★スムース・ジャズの4人組「JAJAコンサート」
鯨のお腹で受付を待っていたら、とていもいい感じのジャズを無料で聴かせてもらいました。そのバンドは関東エ リアのストリートから人気が出たスムース・ジャズの4人組JAJA。秋山幸男のソプラノ・サックスが素晴らしい。
ここで受付をしましたがアッという間に終了 本船のバンドが鯨まで出て来て演奏中
★「ぱしふぃっくびいなす」大桟橋出港
午後から次第に天候が崩れてきて、雨と風が強くなって来た。昼食は桟橋の一角にあるレストランで済ませたが、後は 雨のため、どこへにも行けない状態になってしまった。しかし、喫煙したいが為に雨の中、大桟橋埠頭ビルまで、何往復 もするという情けないことになった。大桟橋の歩道は板張りなので、女の子が何人も滑って転んでいたのは気の毒であっ た。私は一寸危ないけれど、車道の端を歩いていたので滑ることはなかった。
16時からようやく受付が始まり、本船の専属バンドが演奏する中、船長以下、主だったスタッフの出迎えを受け、部屋 に落ち着く。荷物を片付けが終わると船内放送で間もなく「セイルアウエイ」が始まるという。風雨が強いのでボートデッ キからプロムナードに場所を変更して、シャンパンで出港を祝うという。我々もシャンパンを一杯ごちそうになり、すぐにボ ートデッキに行き、出港風景を写真に収める。
17時少し前にドラが鳴り響き、次いで、長声一発。本船は静かに岸壁を離れた。この頃になると風が強くなり、桟橋か らの見送り人もまばらであった。
タラップが外され静かに岸壁を離れます 大桟橋はどの角度から見れば鯨に見えるのかな?
本船の近くを遊覧船が横切って行きます 「クイーン・メリー2」はベイブリッジの下をくぐり
抜けられないという
★本日のショー
17時50分からのショーはフィリッピンからやってきた歌手と本船専属の「セントトロペスバンド」の演奏。 ヴォーカリストのエレンは片言の日本語を操りながらとても愛嬌のいい歌手でした。
★本日のディナーは和食
「アコースティックトリオ」の演奏に迎えられて、我々は2回目のディナーのため19時30分からでした。 今日のディナーは和食。温泉旅館で出される料理と同じようなもので、全員が同一メニューは初めての経験。
本船は東京湾を出る頃には大荒れとなり、歩くのもままならない状態となった。我々は一番安い船室を取ったのでまだ 寝ていればそれほどでもないが、上の階に行くに従ってその揺れは相当のものであった。たとえば夕食時の「黒豚と若 布のしゃぶしゃぶ」の鍋がひっくり返る(写真中央)という有様。ボーイが急いで固形燃料を消して回っていました。
このような揺れは恐らく小笠原へ到着するまで続きそうな予感がする。天気図を見ても寒冷前線が関東から小笠原諸 島まで延びていて、本船はその前線の真下を航行するという最悪のコースであった。
初日の航海は恐らく酔い止めの薬を貰うために医務室に駆け込んだ乗客が相当いたに違いない。当方は足腰が弱い ためフラフラしながら歩くが、未だに船酔いはしたことがない。今回の嵐でも気分が悪くなることはなかった。三半規管が 鈍いのかも知れない。この荒天のため夜の一部の催し物は中止となった。明日は静穏な航海ができることを祈りつつ床 につく。
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